手仕事フォーラムblog

手仕事フォーラムのメンバーが、日々発見した事や物をお届けします
伊賀スタディツアー報告「紺喜染織さん」 藍染め体験

はじめて紺屋を見学しました。
紺屋を“こうや”と読むことすら知らないほどに何の予習もせずスタディツアーに参加しました。
一足先に着いた私を入口で出迎える植西さん夫妻の、藍を着こなした出で立ちや、玄関の花々に、美への高い意識が感じられて胸が躍ります。

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フォーラム一行を待つ間、出迎えて下さった植西さんの奥さんに家の前の鉢植えのタデアイを見せていただく。
植西さんの説明によると、タデ科の植物で「蓼(たで)食う虫も好きずき」のタデで、お刺身についてくる黒いアレもタデ科植物の子葉なのだとか。
タデは一年草で、種は一年を超すと発芽率が極端に落ちる。そして連作はできず、4、5年は空けないと植えられないとのこと。
そういえば、戦時中食料増産の目的で藍の生産が禁止されても阿波藍をひっそりと栽培し種子を守った人の話をテレビで見たことがあります。

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興味深いお話の後は藍染め体験。娘と私のTシャツの染めを体験しました。
まずは藍の色素が減少した薄い甕から濃い甕へと順にTシャツを広げるように浸します。
15秒ほどしたら引き上げて、しっかりと絞る。ぎゅっ、ぎゅっ、と。
ここで「何をゆっくりやっているのか」と注意が入ります。

藍は漬けている間に染まっているのではなく、藍の色素成分が空気に触れて酸化することによってはじめて藍色になる。
だから、もたもたと絞っていると、表面の酸化が進み、ムラになってしまうのだそうだ。
Tシャツやシャツなど厚い生地を染める場合は、この動作を8回も繰り返します。

写真3.JPG

写真ではわかりづらいですが、やはりムラになっていました。
無地は広い面のムラが目立つため案外難しいのだとか。
娘のTシャツはビー玉を輪ゴムで絞った丸い絞りの模様を入れました。綿100%と書いていたのに、ステッチに化繊が使われていたらしく、染まっていません。

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色々と失敗はありましたが、植西さん自ら藍を建てた貴重な甕で染められたことは楽しい経験となったと同時に、今後の藍染への視点が一歩深くなりました。

さて、藍染といえば日本や東アジアに共通する照葉樹林文化の一つだという認識はありましたが、その起源については知りませんでした。
そこで、二日目の昼食の席で大橋先生にお話を伺うと、日本における藍染の起源は奈良時代ごろで、その頃に技術が大陸から日本に持ち込まれたと考えられているのだとか。
深く知りたいと思い、書籍『藍 風土が生んだ色』を読みました。書籍にはタデアイはもちろん、ヤマアイや琉球藍(キツネノマゴ科)、藍が日本に伝えられる以前の藍色染料として鴨頭草(つきくさ・月草・露草)のことにも触れてあり、大橋先生からお聞きしたものの理解にまでは至らなかった部分を学ぶことができました。
藍の起源から染色の起源にまで発展した先生のお話により、藍だけでなく染色の文化に興味が沸きました。
改めて、職人さんや工芸の世界のプロフェッショナルと直接お話ができる手仕事フォーラムでの機会の貴重さを実感しました。ありがとうございました。

山田宗平

| 管理人 | 報告 | 10:09 | - | - |
北窯の窯焚き(2)

翌日の夜、窯焚きの様子を見に再び北窯へ。

まずは18時間かけて焚き口の温度を上げますが、その仕上げの最中でした。

 

焚き口は1000度程度だそうですが、ものすごい熱です。

 

焚き口の温度を上が終えると、

窯室の両側から燃料となる材木を投げ入れて行きます。

 

窯焚きの予定表。

各窯室を焚くのはだいたい4〜5時間程度のようです。

 

頃合いを見て窯の中から「色見」を取り出し、釉薬の溶け具合を確認します。

色見で窯の中の状態を確認しながら、

共司親方が「もうちょっと(薪を)入れようかな」とか 「それくらいでいいよ〜」

とか指示を出します。

 

これからさらに3日間、休みなく窯焚きが続きます。

無事を祈りつつ、すっかり夜が更けた北窯を後にしました。

| 久野民樹 | いろいろ | 10:53 | - | - |
伊賀スタディツアー 紺喜染織での染め体験を通して

 落語に「紺屋高尾」という噺がある。紺屋の職人・久蔵が吉原の花魁道中を目にして高尾太夫にひとめ惚れ。彼女に逢いたさで3年間身を粉にして働いて銭を溜め、銚子の醤油問屋の若旦那と立場を偽って念願の高尾に逢い思いを遂げる。別れ際にそれまで隠していた真っ青に染まった指先を彼女に見せ、自分は実は紺屋の職人で3年働いてまた逢いにくると伝えると、その真摯さに心打たれた高尾は、来春年季が明けたらあなたのところへ参ります、と告げる。久蔵は翌春やってきた高尾とともに、親方からのれん分けしてもらった紺屋を繁盛させた・・・というのがそのあらすじ。

 

 今回紺喜染織さんで、藍で染めるのが当然だから藍染めとあえて言わず紺屋といえば藍染めをするところだった、昔は家族のふだん着は家で織っていたから、染めてもらいに近所の人たちがよく持ち込んだものだ、等々のお話を伺い、「紺屋高尾」の風景や紺屋が暮らしの中にふつうに存在していた時代を想像するきっかけになった。

 

 

 

 

 藍染め体験をさせてもらえるということで、高尾見たさに久蔵の紺屋に白いものを持ち込みまくった江戸っ子よろしく、わたしも家にある白い布を物色。あったあった、白っぽいことがネックになって着ないでいた上着が。濃紺になるほど濃くはせずはなだ色ぐらいがいいななどとイメージし当日を迎えた。藍瓶が並ぶ染め場にて、ほかのフォーラム会員さんの作業に見入る。「そろそろ取り出して。ぎゅっと絞ったらぱっと広げて空気にあてて。のんびりやってないでぱっぱとやる」と、紺喜染織の植西さんの手が延びる。瓶から取り出した瞬間は緑がちな青で、空気にあてると徐々に青みがあらわれる。草木染めをやる人から緑を出すには色を重ねる、ときいたことがある。そのときはたしか刈安の黄に藍の青を重ねて黄味寄りの緑だったが、瓶から出されたときの緑色を見て、藍が緑色を内包していることを実感した。そして自分の番。持ち込んだ上着はワッフル生地でしかも二重なので、液をかなり吸う。植西さんに端をもっていただき、もう片端からわたしがぎゅうぎゅうとねじって絞っていく(あなた力あるね、とお褒めの言葉をいただく・・・)。絞り上げて急ぎ広げ空気にあてる。この作業を、染め場に入って手前右の瓶で二回、その左隣で一回、その奥で一回と、計四回繰り返した。三回目の時点でこのくらいの濃さがいいなと思ったが、水洗いすると色がかわってくるときき、四回目を試みてイメージよりも濃いめにし、水場へ。水は井戸水を使用とのこと。

 

 

(今回染めたワッフル生地の上着)

 

(紺喜さんで見かけた座布団。木造建築に藍はよく似合う)

 

 今回は染めの体験だけだが、この染める段階にいたるまでには藍を育てるという農作業があるわけで、手仕事には農業がつきものなのだということを再確認する。そして豊富で良質な水もまたしかり。同じ藍を使って同じように作業しても、水が違えば染まる色も違ってくるはずだ。紺喜さんが紺屋という仕事をこれまで維持し続けてこられた背景には、日々のたゆまぬ労働や努力、創意工夫(一時は染め以外に織りもやり、製品販売もしていたとのこと)、美しい色を提供し続ける姿勢、今回のように藍染め体験を受け入れてくれるおおらかさ等はもちろんのこと、加えて農の土壌や水質に恵まれているということもあるのだろうと思う。植西さんのお人柄を通して藍染めを体験できたのは僥倖だった。

 

| 武藤奈緒美 | みる | 15:15 | - | - |
北窯の窯焚き(1)

仕入れ・調査のため沖縄へ。

ちょうど北窯が窯焚きをするということで、

見学させていただきました。

 

読谷村「やちむんの里」の最も奥にある13連房の

巨大な登り窯を覗くと、まだ窯詰めの最中です。

 

今年4月から松田共司さんの工房に入ったGさん、 先輩につきながら懸命に作業中。

 

心配そうに見守る共司親方。

 

火入れは19時からと聞いていたのですが、この時点で既に21時。

さらにしばらく時間をおいてから来てみると、窯詰めが終わって

北窯の各工房のお弟子さん達総出で、窯の口を閉じる作業が始まっていました。

 

 

窯の口にレンガを敷き詰めて行きます。

なかなかぴったりといかない様子。

 

火入れまで立ち会いたかったですが、 この日は残念ながら時間切れ。

(2)に続きます。

| 久野民樹 | 報告 | 10:22 | - | - |
伊賀の青土瓶
伊賀スタディツアーの報告です。

6/3に土鍋でおなじみの「やまほん陶房」におじゃましました。
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山本忠正さんは、私たちがこのあと「伊賀焼伝統産業会館」に行くことを知っていて、
その予習として、研究報告書を手に伊賀焼きの歴史を話してくださいました。
ただ行ってみただけではわからないことが多いだろうという、ありがたい気遣いでした。

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テーブルに置かれた土瓶、これは山本さんが古い窯跡から「発掘」してきたもの。
明治後期のもの、ではないかということです。

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山本さんは、古い土瓶の形の美しさに触れて、自らもつくりはじめます。
やがて大手出版社の雑誌通販から注文が入り、土瓶の製作がはじまった頃、
つかつかつかと工房に入ってきた「怪しい人」が、これをつくっているのは誰れかというので、僕ですといったら、
こんなのをつくっているのがまだいるのか、また来る、と名も告げずに立ち去った、
それから半年ぐらいに来て、その後やりとりが続いて土瓶の改良が進み、製品になった。
・・・という「怪しい人」もちろん久野恵一さんとの土瓶開発物語を伺いました。

下の写真は、手仕事フォーラムHP/手しごと調査「伊賀青土瓶 その後」(2009.5.22)の中の1枚で、
「そしてこの春、現代の生活にも取り入れられる新作の土瓶として完成したのです」と大部優美さんが報告しています。
http://teshigoto.jp/handwork_research/toukai/20090522.html

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手仕事フォーラムHP/手しごと調査に「伊賀丸柱青土瓶」(2004.6.5/武井治美)があります。
http://teshigoto.jp/handwork_research/toukai/20040605.html
その報告によると、この年の3月に久野さんは山本さんに出会い、昔の形をした土瓶を発見します。
その時つくられていたのは飴釉の土瓶でしたが、形は確かで、久野さんは青土瓶の復活を依頼して立ち去ります。
そして6月の報告では、青土瓶の試作がアップされています。

tc-toukai4.1.jpg tc-toukai4.4.jpg

薄かったり垂れたり・・・かつての釉薬が手に入らないので、釉薬は研究段階のようです。
山本さんが発掘した土瓶は、風化していますがよく見ると確かに青土瓶です。
かつてはこの山の近くに風化長石が採れるとことろがあり、
それに藁灰と木灰の3つを合わせて銅を添加するとこの色になるのだという、山本さんの解説。

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古いものに興味をもつのはなぜ?・・・基本だから。
土瓶をつくろうと思ったのはなぜ?・・・フォルムなんですよ、中にフォルムの良いものがある。

研究熱心で感性も技術もある山本さん。それを一瞬で見抜いた久野さん。
青土瓶復活物語、でした。

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山本さん、ありがとうございます。


 
| 大橋正芳 | 報告 | 12:52 | - | - |
花、一輪を

秋田・伊藤嘉輝さんのガラスです。
自然石のような丸みにすっと伸びた首。

花瓶にしようか、ウイスキーを入れようか・・・ガーベラを一本生けました。

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手応えのある重みの花瓶ですが、花は一輪だけ。
ぜいたくな一輪挿しです。

尾山台・手しごとで「手しごとのガラス展」開催中です。
2018.5.26(sat) ー 6.25(mon)
沖縄/奥原硝子・秋田/星耕硝子・福岡/太田潤・和歌山/本宮ガラス・東京青梅/RainbowLeaf
http://oyamadai-teshigoto.com/con/blog

| 大橋正芳 | つかう | 08:24 | - | - |
伊賀のやきもの スタディツアー2日目

伊賀焼。

手仕事フォーラム系のお店で代表的なのは『やまほん』のお鍋と『カネダイ陶器』の雪平鍋や胡麻煎り。

生地が白くて、ざらざらした粒子の荒い質感。それが伊賀焼のイメージだった。

 

しかしながら、スタディツアーで見学した「伊賀焼伝統産業会館」の販売コーナーに並ぶ伊賀焼は、

バリエーション豊かで、「伊賀焼ってこんなやきもの」とひとくちに特徴を言い表すことが難しく、

自分の「伊賀焼のイメージ」に合ったものはごくわずかだった。

伊賀焼の製法や歴史については、「伊賀焼振興協同組合」のHPで45分間の充実した内容の動画が見られるので、

こちらをぜひご覧いただきたい。(カネダイ陶器の大矢さんの仕事も見られます)

 

(伊賀・丸柱 カネダイ陶器全景)

 

(カネダイ陶器から徒歩5分、やまほん陶房)

 

現場に行くことで本やインターネットで得た「点」の知識が「線」となり「面」となり、

さらにその土地の風景や光や匂いや湿度、仕事場にいる作り手の姿を垣間見ることで、解像度がぐんと上がる。

しかし、個人で行ったところで、図々しく居座ったり、仕事中の職人さんを質問攻めにすることは難しい。

というか、当然控えるべきである。

しかしスタディツアーならば、職人さんに事前に了承を得た上で現場を見学させていただけて、

おまけに同行者の方々がいるため、自分にはなかった視点観点で得られることも多い。

 

カネダイ陶器の大矢さんは、シュッとしていて饒舌。興味深いお話が次々と展開される。

そしてロクロの前に座れば、鍋や胡麻煎りをさっとひいてしまう。知的で器用な方という印象。

 

やまほん陶房の山本忠正さんは、静かで穏やかな語り口でお話に惹きつけられる。

本質を追求して「作る人」という印象。
長くなりましたので、ものについては、いずれ、また。

 

| 指出有子 | みる | 21:27 | - | - |
日本の手仕事2018 浜松 アトリエぬいや
2018.6.9(土)より、「日本の手仕事2018」 がアトリエ ぬいや で開催されています。

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日本の手仕事 2018 フライヤーより

会期
2018年6月9日(土)〜6月17日(日)
会場:アトリエぬいや (浜松市中区中央3-8-30)
時間:11:00-18:00(13(水)は休み、最終日は16:00まで)
   
展示風景
図2.jpg 図3.jpg
図4.jpg 図5.jpg

今年も展示のお手伝いをさせていただきました。
今年の搬入メンバーは山内さん夫妻、山内さんの娘 陽子さん、久野民樹さん、手しごと 山藤さん、私の6名でした。

お手伝いをさせていただき毎度思いますが、日本中の手仕事のものに触れながらどう展示しようか考える時間はなんとも心地良いものです。
先週末にスタディツアーで訪れた伊賀丸柱焼の焼き物なども展示されていて、親近感もありました。
かご・ざるが今年は多く、嬉しいねえという会話もあり、今年も充実した展示になっています。

アトリエぬいやでの展示の魅力は、山内さんの染物と日本各地の手仕事が同時に見られるところにあると思います。
この機会にどうぞいらしてくださいませ。
| 高木良樹 | お知らせ | 08:50 | - | - |
小鹿田焼のお話会/ROSA
先週からROSAにて始まった小鹿田焼展。
5月27日(日)に開催された「小鹿田焼お話会」に参加しました。
夕暮れ時から始まったお話会は、清閑な店内にて、しっとりとした時が過ぎゆきました。

まずは小鹿田の人々の日常作業をビデオ観賞したところ、
“おんた”という読み方に「なるほど」という声も。
「小鹿田」という読み方、やっぱり最初は難しいですね。
小鹿田焼に興味を持った方が集まってくれて嬉しく思いました。
ビデオは、土の採掘・精製方法、器の形成、模様の名前・描き方、釉薬の色、焼き方など
入門編として、とてもわかりやすい内容でした。
SANY2373.JPG

柳宗悦の「みだりに昔をこわさぬように」という言葉が印象に残ります。
中国“宋”時代の技法が、今では小鹿田焼の技法になっていることを知りました。
様々な人を介して、口伝によって伝えられてきた歴史の長さに溜め息が出ます。
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そして店主の 門田さんから何と粋な計らいが!
 SANY2374.JPG
飴色の刷毛目模様の平皿?と思いきや
特別注文“小鹿田焼クッキー”です。
刷毛目模様はココアパウダー。
初めて見た“小鹿田焼in 小鹿田焼” です。

藤岡葵
| 管理人 | 報告 | 08:33 | - | - |
伊賀スタディツアー報告1日目「紺喜染織さん」 植西さんのレクチャーと藍染め体験

「紺喜さん、染めてやー」と注文が入って、「いつでける?」と聞かれ、

「明後日やなあ」と紺屋が言ったら、それは「期限に間に合わへんで〜」ということ。そういう符丁のことから植西さんのお話は始まった。

 

周りにいくつもあった紺屋がなくなってしまった状況を、「織る人が少なくなった」「時間がかかる」「コストがかかる」と植西さんは分析し、染めるだけではなく織ることも手がけられた。社会動向を的確に把握し、常に前向きに現実に対応して来られたから、紺喜染織は地元で唯一の紺屋さんとして残ったのだ。

 

近頃、近所から「うちの畑の休ませてるところで藍を植えたら?」という声がかかるそうだ。「今は休耕田がいっぱいあるから、それを利用すれば、藍はいくらでも植えることができる」とおっしゃっていた。

 

お話のあとは藍染体験。

 

ハンカチを染める人。麻のシャツを染める人。

 

美しく染まった「紺」を、「喜」ぶひととき。

 

紺喜さんの仕事を豊富な水量の、この井戸が支えている。

 

| 後藤薫 | 報告 | 06:54 | - | - |
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