手仕事フォーラムblog

手仕事フォーラムのメンバーが、日々発見した事や物をお届けします
「縄のれん文のれん」の秘密?

昨日投稿の中村裕史さん「縄のれん文のれん」が、「そういうことでしょうか?」と疑問符で終わっていますので、
その答というわけではありませんが、「縄のれん文」の秘密?を少し・・・


(中村さんの投稿より)

この暖簾について静岡市立芹沢げ霹術館学芸員の白鳥誠一郎さんが、
「1本1本の縄に立体感があり、縄のざくりとした感じを伝える。
 一方で、『暖簾の中にさらに暖簾がある』というウィットもきいた作品」
と書いていいます。(『芹沢模様図譜』より)
まさに、中村さんのいう洒落のきいた作品なんですね。
それにしても、全く平面の型染めながら、一本一本の縄の立体感や、
大きくゆったりと結われた縄暖簾全体のボリュームが感じられて、
そこに芹沢の並々ならぬ力量が表れています。

暖簾は1955年の制作で、
前年に出雲地方を旅した時に訪れた宍道の旧家・木幡家の縄暖簾がモチーフだったと聞きました。


(木幡家住宅『日本の民家』より)

出雲旅行の成果の一つが「出雲二曲屏風」で、
「・・・旅は印象的で『初めての土地の美しい風景に接し、大いに模様心を掻き立てられ、
 帰るのを忘れるほどでした』と記している。帰宅後すぐに制作したのがこの屏風である」
と、白鳥さんは書いています。(『芹沢模様図譜』より)
この屏風に、木幡家の暖簾も描かれています。


(『宗廣コレクション 芹沢げ霤検擔渭燭茲蝓

芹沢は、旧家の屋敷にかかる大きな縄暖簾に「大いに模様心を掻き立てられ」たのでしょう、
そのボリュームを表現するために、縄暖簾を大きく結い上げた模様を構成します。
そしてその模様を暖簾に仕上げたのは、芹沢げ陲涙落っ気だったに違いありません。

| 大橋正芳 | 調べる | 15:14 | - | - |
松山の竹細工

愛媛県松山市内で竹細工をしている西原悟志さんの作業場を訪ねました。
愛媛の南予地方は真竹が多く、西原さんは8月から1月にかけて自分自身で竹を採取しに行かれるそうです。

 

 

 

取ってきた竹は油抜きをします。
油抜きには煮るか焼く方法があるそうで、煮るにはそれなりの釜や作業スペースが必要なため、
西原さんはバーナーを使って1本1本竹を炙る方法をとっています。大変な作業です。

 

油抜きは竹が腐るのを防ぎ長持ちさせるために行います。

 

 
幅取り(左)と面取り(右)の刃物使い

 


自宅のガレージ横の竹材置き場

 

20代後半に大分の訓練学校で竹細工を学び、
30才の頃にカルチャースクールなどで竹細工の教室を始められた西原さん。
竹で生計をたてるためにはいろいろやっていかなくてはならないと、
訓練所にいるころから教室で教えるという構想を練っていたそうです。
「僕おしゃべりが好きなんで」と笑う西原さん。
自分の長所を生かしながら、どうすれば竹の仕事で食べていけるかを模索し人一倍竹と向き合ってきたか、
話を伺っているといろいろと考えさせられました。

 

教室では生徒さんが作りたいものを作れるよう、
材料の準備は全て西原さんが行うので教室では編む作業だけを行います。

 


教室で使うサンプルの品々

 

生徒さんからの要望は様々なので、それらに合わせた材料作りは大変です。
作るものの多くはクラフト寄りですが、西原さん自身からは職人的な雰囲気を感じます。

 


試作中の籠

 

今後は教室だけでなく仕事仲間を増やし、
作る量も種類も依頼があればどんどん増やしていきたいと意欲に満ちていました。
身近に材料があっても職人さんがいなければ活かされません。
志のある作り手さんが愛媛の竹の手仕事を盛り上げてくれそうな気がします。

| 門田真記子 | 調べる | 15:26 | - | - |
10月上旬。小田原の桶辰へ。

作業場をのぞくと、蒸し器の取っ手を作っているとかで、鉋がけ中でした。

少しおじゃまして話を。

 

味噌樽や飯台に混じって見慣れない物が。

鯛を釣る時に餌にするカニを入れる生簀だとか。蓋すれば椅子にもなる。

釣り道具にこだわる人は入れ込むので、なかなか洒落た一品です。

桶辰の大将は「私はせっかちだから釣りはやらない」のだそうです。

手間ばかりかかるから、そんな値段じゃやれないと、釣具屋と喧嘩しながら

作ってもいるそうですが、確かに手間のかかる仕事です。

 

家庭用の味噌桶が三つばかり重ねて置いてあったので、味噌造りの話になって、

話しの流れで、関西方面の味噌屋の話に。

桶屋がいなくなると困るから、社員を桶屋に弟子入りさせて、自分とこで職人を

要請している味噌屋もあるとか。対応策を考えているところもあるようです。

 

ちなみに家庭用の味噌桶で味噌を作って漏れませんかと聞くと、

味噌桶は板目で作ったって、どうしても少しは漏るものですよ。

写真パネルがあって、風呂の写真が。

「木の風呂は昔なら15年もったし、こっちも太鼓判押して出せたが、

今は10年がせいぜい」だそうです。現代の家の作りは密閉されていて

湿気が抜けにくく、床に半分はめ込んだりするから痛みも早い。

住環境の変化が、昔ながらの道具の耐用年数を短くする要因にもなるようです。

 

風呂を作る技術と和船とは関係あるんですか、なんて話から佐渡の「たらい船」

の話になりました(ちなみに船大工とは関係ないんじゃないの、とのこと)。

以前、江ノ島の会社が佐渡のたらい舟を作っている桶屋に注文したら、

おたくの近くで修理できる人が居るなら作ってもいいと言われたそうで、

その会社から桶辰さんのところへ修理できるかと問い合わせがあった。

桶辰さんが、修理できると答えると、江の島の会社がそのことを佐渡方面へ伝えた。

だったらその人に作って貰ったらどうだということになり、

結局、桶辰さんが「たらい舟」を作って納品したのだそうです。

まだ江の島にあるのかどうか。

 

いろいろな注文が来ますね。欲しい人はいるから、探して注文してくるんですね。

「修理の依頼やら色々くるから、しぬにしねずに頑張っております。」  

| 中村裕史 | 調べる | 21:07 | - | - |
俊彦窯を訪ねて

天気が良いので、陶器市会場へ向かうバスを、下立杭で降りて歩くことにしました。

久しぶりに晴れ渡った秋晴れのもと、アベマキの巨木の緑と鳥居の朱が鮮やかです。

歩いていると少し汗ばむ陽気ですが、それでも、木陰に入ればさすがに秋です。ひんやりします。

大きな樹には磁力があって、みなさん自然と引き寄せられます。  

 

 

窯元の店先に並べられた器をぶらぶらと眺めながらも、丸々と太った栗に柿、採れたての丹波黒豆の枝豆。

心躍るものが沢山。

帰るころには売り切れると言われ、…やはり枝豆だけは買うことに。

すぐそこの畑から収穫してきたばかりで、はち切れるほどに実が充ち充ちていています。  

 

 

枝豆を振り振りしばらく歩いて、道を左手に折れて、

盛り上がる青い山と空を仰ぎながら行けば清水俊彦さんの窯。

春の祭りに訪ねれば鯉幟がはためきます。

奥さんに挨拶。お元気ですか。俊彦さんもお元気でしょうか。

作業場に連れて行ってくれました。

 

作業場はほの暗く、陶器祭りで訪れる人達の声もなんとなく聞こえてくる程度。

その中の陽だまりに腰掛け、清水俊彦さんは仕事中でした。

俊彦窯を訪ねるのは三度目になりました。私は出不精ですが、行き始めると何度も行くのです。

お会いするのは、久野恵一さんのお別れ会以来です。

私のような若造を相手にしても、面倒がらずに話をしてくれて、本当にありがたい。

少し痩せましたか。  

 

 

倒れてから、まだまだ体は本調子ではないけれど、仕事は毎日毎日しているそうです。

食事も休み休みで時間はかかるが、美味いと思える。

朝昼晩、三度三度ちゃんと食べる。ただ、ゲップが出ると苦しい。

治療のことなどもあれやこれやと。ちょっと愚痴も。

でも、息子さん夫婦が同居していて、孫三人に囲まれた生活。

お孫さん達には本当に癒されているのだそうです。

 

あんた歳いくつ」「うちの息子と変わらんね」「結婚してるのか」「それはイカンね」

・・・ご心配いただき恐縮です。

 

 

毎日毎日仕事しているので、コンテナや段ボールの中には窯入れを待つ器がたくさん。

祭りに合わせて焼きたかったそうですが叶わず、なんとなく少し寂しそうでした。  

 

 

エビの筆書きは、比較的早くに、好い感じで出来るように復活したそうです。  

 

 

左側の登り窯は2,3年焼いていないそうです。

展示するにしても、中心となる大物がないと他の物も見栄えがしない。展示会の心配。

前回は、作って置いておいたものがあったから良かったけれどと。

 

 

伏せ合わせの状態で乾かしてあった鎬の皿を見せてくれました。

勢いがあってリズミカルで、躊躇なく、潔い。鎬を入れる音が聞こえてきそうです。

鎬や面取りをやる職人は多いですが、数物作りの美しさが際立つのは、やはり清水俊彦さんの仕事でしょう。

丁寧にやれば魅力的なものが出来るかと言えば、そうはならないところが手仕事の面白さです。  

 

 

俊彦さんの轆轤。毎日毎日仕事しているというロクロです。

鎬や面取りの際に削り出されて下に落ちた土に、砂利やゴミが入らないように、

常に轆轤周りの掃除は怠らないのだそうです。また使えるから。

 

作業場から出ると、相変わらずの秋晴れで風も柔らかです。

俊彦さんが玄関先の縁台に腰掛ければ、みなさん自然と引き寄せられます。

 

俊彦さん奥さん、お忙しい時におじゃまいたしましたが、いろいろとお話ありがとうございました。

また、伺わせていただきます。

| 中村裕史 | 調べる | 21:00 | - | - |
東北スタディーツアー(保原友美)

東北スタディーツアーに参加させていただきました。

 

 


実際に工房を見学するのは初めてのことでしたが学びの多い一日となりました。

伊藤さん、小田中さんの工房を見学させていただき共通して感じたこと。
それはやはり、お人柄の良さと仕事に対する謙虚で真面目な姿勢です。
そして作業されている工房にも何とも言えない美しさがありました。

普段自分が使っているものが、どんな土地や環境で、どんな人の手により作られているものなのか。
そういったことを知るのは大事なことだと改めて感じました。

これまで何度か、久野さんのお話し会にも参加させていただき、
実際に手仕事の物を使っていましたが、どこか点々としている部分がありました。
それが今回の工房見学でようやく一本の線に繋がり、
こんなにも色々な物が溢れている世の中で、なぜ民藝、
手仕事のものに強く惹かれるのか理解できたような気がします。

 

また見学中、伊藤さんの所では美味しいお弁当に枝豆。
小田中さんの所では、お近くで作られてるという古雅志饅頭をいただき
心もお腹も満たされ、本当に楽しい一日でした。

 


皆様、本当にありがとうございました。

| 管理人 | 調べる | 08:25 | - | - |
東北スタディーツアー(佐藤小百合)

8月27日(土) は第1回目の東北スタディツアーです。
目的地は秋田の星耕硝子工房・岩手の小田中染色工房です。

 


まずは秋田の星耕硝子工房に到着。
到着後、すぐに昼食となりました。
伊藤さんご夫妻には、工房隣の広間に昼食会場をセッティングしていただいており
ご用意いただいたお茶やお弁当をいただきました。

 


お弁当は、品数が沢山あり、秋田ならではのおかずなど目も舌も大満足でした。
他に、奥様のお母様が茹でたという枝豆、こちらの塩加減・茹で加減が最高です。
ビールが好きな方数名は、「ビールと一緒に食べたい・・・」とずーっと手がのびたままでした。
中川原さんのあけびのかごには、秋田のかりんとう等、盛り沢山です。
最高の昼食時間をありがとうございます。

おまけに、伊藤さんの息子さんに肩揉みまでしていただいて
おかげさまで運転の疲れがとれました。

 


次に向かうは、岩手の小田中染色工房です。

こちらでは、何と、おやつをご用意いただいておりました。
小田中のさんの風呂敷がテーブルクロス、「お饅頭」が入った器は小鹿田焼きです。
小田中さんのお話とともに贅沢なおやつタイムとなりました。
お饅頭は、甘みが抑えられてて香ばしく、とっても美味しかったです。

ちなみに「古雅志まんじゅう(こがしまんじゅう)」は 、小田中さんの工房から200mとご近所で、
老舗の和菓子屋さんなんだそうです。

 

 


おやつを食べながら、小田中さんが昔のお話をされていた時、ちょっとしたハプニングが(笑)など
楽しいひと時があっという間に過ぎて行きました。

今回、秋田の星耕硝子工房・岩手の小田中染色工房の皆様には、お世話になりました。

| 佐藤小百合 | 調べる | 10:21 | - | - |
龍門司

夏休み、父の故郷である鹿児島に行ってきました。前回滞在した際、龍門司に行ったのですが残念ながら職人さんがお休みの日だったためお話を伺うことができませんでした。今回は事前に全員お休みでないことを確認し、いざ龍門司焼企業組合へ。

 

お話を伺ったのは「Kuno×Kunoの手仕事良品 vol.72」で久野恵一さんが紹介していた、猪俣謙二さん。Kuno×Kunoを読んで以来、ずっとお会いしたかった職人さんです。お仕事中にもかかわらず登り窯、釉薬、原料の準備などについて丁寧に説明してくださいました。

 

龍門司焼は粘土、釉薬の原料のほとんどを地元で調達している稀有な窯場です。

 

こちらは近くの山で採取される粘土の原料です。今は機械で掘りますが、猪俣さんが龍門司に入門したころは手作業で掘っていたそうです。

 

砕いた土を小鹿田と同様、「すいひ」(龍門司では「おろ」と言うそうです)で不純物を取り除きます。

 

何度も漉した後、石膏型に入れて水分を取り除きます。粘土を準備するだけで、なんと4週間もかかるそうです。

「粘土をつくるにも釉薬をつくるにも、兎に角はたく(叩く)から大変ですよ」と猪俣さん。

 

かつては月に一度は火を入れていた登り窯も、手間と効率の悪さから今では窯焚きが年に二回ほどだそうです。

安定性が求められるためか登り窯の場合は全体の6割程度しかとれないそうで、昔ながらの方法で300余年続いてきた伝統を受け継いでいく難しさを痛感しました。それでも黒茶家、カラカラなど薩摩独特の焼き物の需要はまだまだあると聞いて少し安心しました。

 

久野さんが「性格が穏やかで、欲が全然ない。ひとつのノルマをきちんとこなしていこうという非常に誠実な人間。社会の流れをあまり気にするのではな く、普通に当たり前に生きて、仕事として、職業として龍門司焼の窯に入りコツコツやってきた。このようなタイプのつくり手は日本中を探しても今はあまり見 かけなくなってきた。」と語った猪俣さん。お話をするだけでその人柄が伝わってきました。

 

「久野さんにはまだいろんなことを教わりたかった。」と猪俣さんは残念そうに仰っていました。使い手の需要を知り、その窯の伝統を生かしながら現代の生活に寄り添うものを作り手に提案していくこと。久野さん一人が果たしていた役割を、今度は私たちが受け継ぎ、つくり手の皆さんに使い手の言葉を伝えていかなければ、と改めて感じた旅でした。

| 平野美穂 | 調べる | 12:10 | - | - |
小田中耕一さんを訪ねました

8/27、東北スタディーツアーで岩手の紫波町にある小田中耕一さんの工房を訪ねました。

 

入り口には、“萬染物處”の文字。

 

小田中さんはこちらの三代目。
近所で遊んでいた子供達が小田中さんの家のことを「染物屋さん」と呼んでいるのが聞こえました。

30歳の手前で急遽継ぐことになり、戻られてから40年ほどになるそうです。

ご実家では、もともとは藍染をやっており、農作業で使う布を丸染めしていたのですが、時代の移り変わりに合わせて、先々代が苦労して型染めを始められたとのことでした。

一番新しい仕事の「そばと私」を題材に、実際の工程を見せてくださいました。

 

分かるようで分からなかった型染めの工程が、実際に目の前で見せてもらうことで「なるほど〜」と謎が解けたように消化することが出来ました。

小田中さんが

「彫って色を塗って染めることは手がかかるけれど、直接絵を描いて色を塗るのと違い、絵際が柔らかくて、自分でも思わなかった出来になるのが面白い」

と仰っていました。

秋田の星耕硝子さん、岩手の小田中さん、どちらも美しくおおらかな自然に囲まれた土地と古い建物を大切に使っているところが印象的でした。

そういえば、これまで手仕事フォーラムで訪れた場所はどこも美しい自然とともにあったなぁと思い返して、手仕事のものは自然の豊かな土地で四季の移ろいを感じ、体を動かして、汗をかいて生まれているからこそ生活になじみ、私たちの暮らしを豊かにしてくれているんだなと気づきました。

貴重な経験をさせていただき、ありがとうございました。

| 中村仁美 | 調べる | 08:50 | - | - |
東北スタディーツアー/星耕硝子・伊藤嘉輝さん

8月27日に東北スタディーツアーが開催されました。
 
仙台レ・ヴァコンスさんに集合し朝8時半に出発。

この日は70万人の人出が見込まれる大曲の花火大会の当日であり心配もありましたが、高速道路でやや渋滞もありましたが道中は比較的スムーズにすすみました。

まず向かったのは角館にもほど近い秋田県は大仙市にある星耕硝子・伊藤嘉輝(いとうよしてる)さんと奥様の亜紀さんで営まれている工房。工房のまわりには田園風景が広がっています。
 

 
昼12時に工房に到着。伊藤さんご夫妻と小学3年生になるお子さんがあたたかく元気に出迎えてくださいました。

伊藤さんご夫妻と参加者で昼食を済ませ、早速、伊藤さんの仕事を拝見させていただきました。
コップ、ふた物、蓋、皿、とんぼ玉と数多くの製作工程を見せていただきました。硝子は出来上がると1〜2ミリ程度縮むそうで、ふた物の仕事は1、2日前には先に蓋をつくっておいて、そのサイズに合わせて入れ物となる部分をつくるのだそうです。

ほか、モール模様の製作工程なども見せていただきました。
 

 
 
窯の中の温度は1140℃、夏は工房の中は40℃、窯の前ともなると50℃にもなるそうで、過酷な仕事であると実感。硝子は約2分で割れてしまうのでスピードとの勝負でありますが、製作上に必要な様々な道具が置かれている位置が、仕事がしやすく手に取りやすい位置に置かれているのも印象的でした。

出来上がった製品は量りの上にのせられ、と同時に、底部分には吹きガラスの特長でもある焼き切りの後が残らぬようにガスバーナーを当てて丁寧になじませ仕上げられています。
 

 

 
この日、窯のなかには透明のガラスと、色つきガラスのぶどう色(紫)の2つが入っておりました。ということは、その間は、「透明のガラスの製品」「紫のガラスの製品」「透明と紫を組み合わせた製品」の3つを製作することができるのだと想像できます。

工房のなかには注文を受けた仕事の最中と思われる、出来上がったばかりの紫色のワイングラスといくつかの透明なガラスの製品が並べてあり、その間の仕事は、透明、紫、赤、ブルー、グリーン、、、などと様々な色の製品をつくるのは無理なんだなと理解できました。
 
材料は、倉敷ガラス・小谷真三さんと同じように原料ガラスを用いることが多いそうですが、伊藤さんは廃ビンなどのガラスも材料としてお使いだそうです。

工房の前には廃ビンが置かれ、廃ビンは近くの酒屋さんにお願いをして集めているそうです。廃ビンを利用し製作されたものは何色なのか尋ねると、ブルー(紺色のようなインディゴのような色)とグリーンの2色だそうです。

廃ビンと廃ビンを調合し独自の色にしているそうです。廃ビンはいつも同じものを用意できるわけではないので、その都度、微妙に色の差がでるときもあるそうです。製作する上で難しい色、発色が難しい色などはありますかと尋ねると、「しいて言えば赤かなあ」と仰っておりました。
 

 

 
伊藤さん宅でお作りだという昼食時の枝豆が美味しく、うつわも伊藤さんのガラスに盛られていました。

枝豆というと竹細工のザルというイメージがありますが、ガラスに持ってもいいなあと思いました。
 

 
伊藤さんご夫妻、お世話になりありがとうございました。

| 渡辺大介 | 調べる | 08:08 | - | - |
東北スタディーツアー(山崎 綾)

手仕事フォーラムの東北スタディーツアーとして仙台での勉強会メンバーと企画し、秋田の星耕硝子工房と岩手の小田中染色工房へ見学に行きました。

 

星耕硝子の伊藤さんには、定番のモールグラス、蓋もの、平皿の製作を実演していただきました。

 

 

 

1300℃の窯から数メートル離れて見学している私たちもじっとり汗が出てくるのに、その窯の前で、様々なことに注意を払いながら慎重に、かつスピーディーに、そして細やかで丁寧な伊藤さんの仕事ぶりにとても感動いたしました。

説明の合間合間に、楽しい会話と笑いを差し込んで来られる伊藤さんのお人柄も作られるガラスの器の表情に表れているように感じます。

 

 

 

小田中工房では、小田中耕一さんの型染めの工程の実演と過去や最新の作品などを見せていただきました。

 

 

自然から見えるもの、感じるものや師匠であられる芹沢げ雹瓩慮斥佞鬚い弔眇瓦吠きながら生まれる小田中さんの作品はモチーフからも文字からも素朴で温かく、ホッとするような印象を受けます。

 

 

 

 

 

岩手では、前日は警報が出るほどの大雨でしたが当日は爽やかな風が吹いていました。

 

 

秋田は大曲の花火大会です。東北は短い夏が終わり、実りの秋が過ぎたらまた長い冬の始まりです。

東北の季節や自然を感じ、手仕事とのつながりを感じることができる貴重な旅となりました。

ご協力いただきました皆様ありがとうございました。

| 山崎綾 | 調べる | 17:50 | - | - |
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