手仕事フォーラムblog

手仕事フォーラムのメンバーが、日々発見した事や物をお届けします
大原さんの聖書と十字架

外村先生の残された美しい十字架の話に続いて、大原本邸(旧大原家住宅)で見かけた聖書と十字架を紹介します。

大原孫三郎さんは、キリスト教の洗礼を受けていたため、使い込まれた聖書と、十字架がモチーフのデザインが展示されていました。

大原美術館で最も有名な絵画の1つ、エル・グレコの『受胎告知』は聖母マリアが描かれたものです。

大原さんが行った数々の慈善活動と文化活動は、キリスト教の思想と理念に基づくものが多くあります。

美しい倉敷の街は、外村先生と大原孫三郎さん、2人の信仰により後世に残されたものがたくさんあり、今度は「キリスト教」という観点からこの街を歩いて学んでみたいと思っています。

書き込みがされ、使い込まれた聖書

 

孤児院で使用されたマーク

 

病院で使われたマーク

 

| 瀬部和美 | 調べる | 21:36 | - | - |
外村先生の十字架

倉敷本染手織研究所を設立された外村吉之介先生。

外村先生は、キリスト教の牧師でいらっしゃいましたが、研究所の生徒さんには布教活動はされなかったそうです。石上先生によると「聖書のお話はよくされていたけれど、生徒たちには布教はされなかった。食事の前も先生はお祈りをされているけれど、生徒たちはその間は待っていた。」とのことでした。

先生が倉敷本染手織研究所を始められた目的は、日本全国に美しいものを行き渡らせたい、そのためには全国から人を集め、その「人」とは未婚の女性とし、卒業してからは家族と自分のために美しいものを作れるようにしてあげたい、ということだったそうです。

それは、外村先生が、世界各地、日本各地でたくさんの美しいものを見てこられ、最も美しいと感じられたものが、「母親が子どものために作ったもの」だったからだそうです。

研究所では布教活動はされなかったけれど、「美しいものを作り出せる人を育てること」を、大切にされ、生徒さんたちに「美しいものを広めること」を託されたのではないでしょうか。

一方、牧師としてとしての先生は、日本にキリスト教を広めるにあたり、ただヨーロッパ式のものを持ってくるだけではなく、日本の人々に合うものを考えられたそうです。

教会に掲げる十字架について、木綿を素材に使ったり、藍やベンガラの色を使ったりして、人々が親しみやすく、また日本人的な感覚として美しいと感じられるものを目指しておられたそうです。

研究所で見せていただいた外村先生が作られたものの中に、アイヌの文化である「オヒョウ」という植物の樹皮から採った繊維で織った織物に、木綿で十字架のアップリケを貼ったものがありました。

それは、民藝的にも、日本人の好みとしても美しく、また十字架としても美しいものでした。

外村先生が、「美しいものを作り出せるように育てられた研究所の人々の作るもの」と先生ご自身が作りだされた十字架などの「美しいもの」は、後世にずっと残ることでしょう。

外村先生の作られた十字架(特別に許可を得て撮影しています)

| 瀬部和美 | 調べる | 18:54 | - | - |
『箕サミット2017の記録 箕づくりの技を伝える』

昨年の11月に開催された「箕サミット―編み組み細工を語る」の公式の報告書が

2018年3月に刊行され、現在、ネット上でも閲覧することが出来ます。

 

『箕サミット2017の記録 箕づくりの技を伝える』

独立行政法人 国立文化財機構 東京文化財研究所

 

 

「箕サミット」については、このブログに報告がアップされています。

箕について 

 

この報告書を読むと、箕づくりの技術を伝えることの難しさ深刻さが伝わってきます。

教える側の高齢化と負担。

教わる側も箕作りを生業にするわけではないという状況。

また、地方と都市部の人口差など様々な要因があることが分かります。

 

報告書を読んで、このサミットの最後の話題が

「箕づくりと差別をめぐって」であったこととを知りました。

広範で活発な議論が交わされたことが分かる興味深い報告書です。

興味のある方は是非ご一読ください。

| 中村裕史 | 調べる | 10:22 | - | - |
もやい工藝での雑談は勉強会

鎌倉もやい工藝のスタッフさんとの雑談は、勉強会みたいになることがあります。

沖縄やちむん展で伺った際に、若いつくり手の窯の仕事について話を聞きました。

窯出しのたびに上手くなっているつくり手がいるとのことで、どこがよくなっているのか?がテーマです。

もやい工藝としては、沖縄らしい形を目指して、細かい注文をしているそうです。

たまたまスタッフさんが何年か前のものを持っていたので、今回のものと比較して、具体的に説明していただきました。

 

 

写真左が前のもので、写真右が今回のものです。

写真ではなかなかわかりませんが、高台の違いはわかるでしょうか。

実際に触ると、様々な違いに気がつきます。

重さ、厚さ、バランスなどなど、見ているだけではわからない情報を、手が感じとります。

そして、スタッフさんが的確に言語化して教えてくれます。

なるほど!

沖縄らしい形がわかります。

その後、ベテランのつくり手のものを触ると、やはり上手いなあと理解できます。

 

ものは、眼と手で選ぶものだと感じました。

スタッフさん、ありがとうございました。

 

| 坂本光司 | 調べる | 09:40 | - | - |
合鹿椀

先日の「昔の物今の物」学習会第1回で

横山さんが持参し、見せてくださった本です。

 

合鹿椀(ごうろくわん)は、能登半島の内陸に位置する旧柳田村(現・能登町)を

中心に作られてきた木椀です。

「合鹿」の名は、村の集落名から来ています。

ズバリ「合鹿椀」という名前がつけられたこの本は、

その旧柳田村によって刊行された本で、

かつて作られていた合鹿椀の写真が多数収録されるとともに、

その歴史、形状の変遷、村人たちへの聞き取り調査から、

漆の成分分析にいたるまで、驚くほど詳しく調査・記録されています。

 

 

横山先生のコレクションを拝見した際、 「飛騨椀」と呼ばれる、

素朴で荒々しくも 堂々とした形の木椀に惹かれました。

その形のベースとなったのが、この合鹿椀であると思われます。

 

この本の中で、合鹿椀の美しさについて語られた文章がありました。

一部を抜粋します。

---

あたかも木喰や円空の作仏をみるように素朴であり、 重厚であり、

かつて「全く巧まずしてなされた芸術品」と感嘆され、 賞賛されたものもある。

時代が古いほどに純真さがあり、稚拙さも見え、用途に適う正直さがわかる。

(中略)

あくまで日用の機能美を追求し、椀形の描くカーブに筆舌に尽くし難い

古典美が汲み取られる。

(中略)

凛として犯し難くたのもしい形姿、一見無雑作に塗りつけて出来た落ち着いた色調は、

まさに健康そのものであり、現代椀の浮薄さをはるかに超絶して足元に寄せつけぬ。

これこそ古代椀として独自の風格を持つものとすべきである。

---

本の内容について、少しずつ紹介していこうかと思います。

(つづく・・・かも?)

 

| 久野民樹 | 調べる | 18:01 | - | - |
房総のカゴ作りは健在

千葉・房総半島のカゴの作り手さんを訪ねました。

南房総で作られる花籠。

地元で盛んな花の栽培をはじめ、広く用いられる背負いカゴです。

今でも変わらず地元の農家さんが求めるとのこと。

 

この作り手さんはまもなく90歳ですが、

そんな歳が信じられないほど若々しい方です。

 

ちょうど仕上げで、カゴの足を組んでいるところでした。

カゴを足で押さえ、足となる竹をぐいぐいっと押し込みます。

相当な力をかけている様子。本当に90歳?

 

この集落ではかつて多くの作り手がいたそうですが、

今ではこの方だけ。もちろん後継者もいません。

この時代、このような仕事が残っていること自体が奇跡と言って良いでしょう。

 

元気に仕事を続けて頂くことを願うことしかできず、

無力さを感じざるを得ません。

 

| 久野民樹 | 調べる | 09:17 | - | - |
奥会津のマタタビ細工作り

先日、雪解けが始まった南東北を巡った折、

奥会津・三島町で毎年催される編み組工芸品展に立ち寄りました。

 

竹細工やつる細工など、実にたくさんの物が出品されており、

その数には大変圧倒されましたが、

その会場の片隅でマタタビ細工職人の目黒政栄さんが

実演をされており、見学することができました。

 

日本各地で自生するというマタタビですが、

マタタビを編み組したものは、この地域以外ではほとんど見ることがありません。

冬は雪深い土地柄、農閑期の仕事として続けられてきたそうです。

昔は大きなザルなども作ったそうですが、今は米研ぎザルなどの小物が中心。

 

柔らかくしなやかで、艶のあるやや黄色味がかったマタタビ細工は、

竹細工とはまた違った魅力があります。

 

作り手も減りつつあるところ、最近テレビなどで採り上げられたせいか、

ますます入手が困難になっているようでした。

| 久野民樹 | 調べる | 01:18 | - | - |
宮島の木工見学(2)

宮島工芸製作所では、久しぶりに作業場の様子を少し見せて頂きました。

 

工房の隅にはたくさんの木材が。

中国地方の木材を中心に仕入れられているそうです。

 

製品毎に型があります。非常にたくさんの数でした。

先ほどの木材を切断したものに、型から線を描きます。

この写真は杓子のもの。木材はクワです。

 

数段階に分けて加工していきます。

このあとヤスリによる仕上げです。何名かの方が作業にあたっていました。

 

杓子やバターナイフなどは日々の食卓に乗るもの。

一つ一つを丁寧に作業されている姿が印象的でした。

 

| 久野民樹 | 調べる | 21:49 | - | - |
宮島の木工見学(1)

先日の広島での展示会を終え、帰路に着く前に宮島に立ち寄りました。

 

 

残念ながら工芸店「signal」さんはお休みだったようで伺えず。

宮島工芸製作所へお邪魔しました。

入り口には大きな杓子が飾られています。

 

藤井佐武郎さんとしばし雑談。

そんな中で、お客さんに見せるためにサンプルとされている、

藤井さんご自身が使い込んだというものを見せてくれました。

 

上がサクラの杓子、下がクワのバターナイフです。

写真ではあまり伝わらないかもしれませんが、どちらも良い雰囲気です。

サクラは使い込むとやや赤く、クワは全体的に黒ずんだ印象になるとのこと。

 

木目はもちろん一つ一つ違う表情を持ちますし、

使い込むことによる変化も白木ならではの楽しみです。

 

| 久野民樹 | 調べる | 01:22 | - | - |
近江木綿・紺喜染織へ

滋賀県湖南市の紺屋、紺喜染織さんを訪ねました。

 

風情のある佇まいの母屋をバックに、

当主の植西恒夫さん、明治時代に染めたという藍染の法被を

着て写ってもらいました。

82歳という年齢を感じさせません。

 

中に入ると、藍甕がずらりと並びます。

藍を育て、染料にして、染めるまでの全ての仕事を夫婦2人でこなします。

体力的にもきつい仕事でしょうが、機械化することはありません。

「一部を機械化すると楽をしてしまう、そうすると全部機械になって戻れなくなる」

機械を入れると設備投資や維持費がかさみ、仕事を維持することが逆に難しくなります。

ご夫婦2人で「出来る範囲でやってきた」という植西さん。

こうして貴重な手仕事が繋がれて来ました。

| 久野民樹 | 調べる | 16:24 | - | - |
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