手仕事フォーラムblog

手仕事フォーラムのメンバーが、日々発見した事や物をお届けします
苗代川・続き

苗代川の続き、口付徳利(からから)です。

 


 

独特の形、風合い。惹きつけられるものがあります。

| 久野民樹 | みる | 01:25 | - | - |
端正な仕事場

「美しい仕事は、美しい仕事場から生まれる」という至言があります。手仕事フォーラムの旅で、たくさんの窯場や工房を訪ねてきましたが、沈壽官窯ほどすがすがしく整えられた職場はなかったように思います。

沈壽官窯1.jpg沈壽官窯5.jpg沈壽官窯6.jpg 

成形、絵付け、削りと工程ごとに分かれた部屋はガラス張りで、通路から見学しやすいつくりになっています。つくり手のみなさんにはプレッシャーのかかる環境です。黙々と打ち込まれる姿にこの窯で働く誇りがにじみます。

沈壽官窯2.jpg沈壽官窯3.jpg沈壽官窯4.jpg

沈壽官窯におじゃますることには、特別な思いがありました。次回のブログでまたご紹介できればと思います。 

年末の忙しい時期の訪問に快く応じてくださった沈壽官窯の皆さん、平嶺さん、ありがとうございました。 

| 大部優美 | みる | 08:00 | - | - |
フォーラム運営会議と取材

本日の運営会議は、会報誌『SILTA』38号(次の次の号)の取材も兼ねて開催されました。

取材に伺ったのは、ノッティングの作り手である外村ひろさん。
ひろさんの姪である仙台レ・ヴァコンスの綾さんも、たまたま?在京で、同席してくださいました。
お二人とも、先月の倉敷フォーラムでお世話になった倉敷本染手織研究所にて学ばれました。
こちらは、10期生であるひろさんの卒業証書。芹沢げ陲侶燭農められたもの。
伺ったお話の内容については、SILTA38号(来年になりますが・・・)をお楽しみに。
その前に、次号SILTA37号についても、この場で原稿の最終確認が終えられました。
お風邪をひかれてマスク姿で登場された大橋編集長、そして編集メンバーの皆様、お疲れ様です!
(そしてレイアウト担当の鶴見さん、よろしくお願いします!)
| 指出有子 | みる | 22:45 | - | - |
瀬戸焼・一里塚本業窯のロクロ仕事

瀬戸の一里塚本業窯にお邪魔しました。

今回は注文品の確認の他、水野さんのロクロ仕事の見学も目的の一つでした。

 

一里塚本業窯は、瀬戸本業窯の分家にあたる窯です。

現在の当主・水野雅之さんは、瀬戸本業窯の職人として修行したのちに、

実家の窯を継ぎました。

 

早速ロクロ仕事を拝見。まずは角湯呑です。

瀬戸で作られてきた伝統の形です。

修行時代には1日に200〜300個も作ったとか。

 

慣れた手さばきであっという間に形作られます。

大きめのなめし革をつかって、ロクロ目(指跡)を

出さないように丁寧に仕上げます。

 

これだけでは終わりません。

口当たりがよくなるよう、口縁の内側をわずかに反らします。

今度は小さななめし革を使って、非常に繊細な手さばきです。

「ここが難しいんです」と水野さん。

口を反らし過ぎても形が悪くなります。

すっと真っ直ぐ上に立ち上がる形の良さを維持しつつも、

実用に適う形を追求した結果です。

昔はこのような処理はしておらず、久野恵一からの注文だったそうです。

 

トンボ(サイズを決める道具)を使わなくても、

ピッタリと大きさが決まっていたのはさすがでした。

熟練の作り手だからこそ成せる技を見せていただきました。

| 久野民樹 | みる | 00:53 | - | - |
いかご

倉敷での全国フォーラムで最初に訪ねた現場がいかごをつくる須波さんの工房でした。

到着すると様々な工芸品が目を引きます。

いかごはネットなどで目にしたことがありましたが、実際に手に取ってみたのは今回が初めてでした。

編組品というと竹やアケビなど手で編み込んでつくるイメージがありましたが、いかごは織物と同じような織り機で製作していました。

須波さんはまだ20代のつくり手で、おばあさまから教えてもらって今では一人で製作しているとのことでした。

織物のバッグのように全面同じように織って、それを加工して袋状にするのではなく、織る時点でどの部分になるのかが決まっていて、力のかかる底の部分はい草の本数を変えて織っているそうです。

縁などの仕上げは手作業で編み込んでいきます。

製品として置かれていたいかご。

元々は闇市使われていたカゴでヤミカゴと呼ばれていたそうです。

あけびなどのように代々使い続けられるようなものではないそうですが、

しっかりとしたつくりで日常使いに良さそうなカゴでした。

| 副島秀雄 | みる | 16:43 | - | - |
瀧山さんの仕事

瀧山さんの工房見学。

倉敷緞通は織物。織物といえば女性の仕事のイメージがありますが、

緞通の機は巨大で、実に男性的な仕事です。

 

この機には瀧山さん自らが考え出したアイディアが大胆に組み込まれていて、

単なる機というものを超え、ある種のマシンのような印象さえ受けます。

しかし姿こそダイナミックですが、細やかな工夫が多く散りばめられていました。

いずれも良い物をたくさん作るために、長年積み上げて来たものです。

 

そしてこの日は、織りあがった緞通の仕上げ工程を見せてくださいました。

古いミシンに丁寧に油をさします。

製造時期などは失念しましたが、年代もののミシンで、

すでに壊れているところもあるけど、丁寧にメンテナンスをしながら

使っているようです。

 

先ほどの織りの工程とうってかわって、

繊細な仕事ぶりを見ることができました。

 

道具を細やかかつ丁寧に扱い、妥協せず、仕事にも隙を見せない姿勢、

瀧山さんのプロとしての姿を垣間見た時間でした。

ありがとうございました。

| 久野民樹 | みる | 14:55 | - | - |
小谷栄次さんのハンドル付け

倉敷での全国フォーラムに参加しました。

倉敷ガラスの工房を見学させていただき、小谷栄次さんの実演では、ハンドル付けを見せていただきました。

無駄のない動きは、はやく、美しくて、感動します。

美しいものは、美しい動きから生まれるのかもしれません。

美しい動きは、もちろん、訓練度の高さからくるのでしょう。

 

 

 

素晴らしい!!

 

栄次さん、ありがとうございました。

また、倉敷フォーラム開催にご協力してくださった皆様、ありがとうございました。

 

| 坂本光司 | みる | 09:06 | - | - |
倉敷 本染手織研究所

倉敷フォーラム前日、本染手織研究所を見学させていただきました。

美観地区の中心部に位置し、風格がありながらもひっそりとした佇まい。
外村吉之介氏がここを「世界一小さい学校」として開設した昭和28年の第一回から毎年研究生を迎え、
第四十回までは外村氏自身が卒業生を送り出したそうです。
この「本染手織」と掲げられた「本染(ほんぞめ)」について、
研究所主任の石上梨影子さんより興味深いお話を伺いました。
「本染」とは化学染料が登場したことで、それまでの植物や鉱物その他の天然染料を用いた
染めものを区別して呼ぶために生まれた言葉であること。
これに対し「草木染(くさきぞめ)」というジャンルもあるが、外村はこれを嫌ったのだそうです。
草木染は身の回りの植物のほとんど何でも何かしらの色が出るとするが、中には堅牢度に難があるものも含まれる。
このため、外村は、昔から染料として使われてきた、堅牢度に実績のある、
先人たちの選び抜いた天然染料を用いる「本染め」にこだわった、ということでした。
天然染料の中で一番の基本となる藍染めは、今も毎年、藍を新しく建てるそうです。
研修生が卒業後に自分で藍を建てられるようにと。
| 指出有子 | みる | 22:57 | - | - |
芹沢の底力
IMG_6370.jpg

静岡市立芹沢げ霹術館では「芹沢げ陲離ぅ薀好肇譟璽轡腑鵝彭犬開催中です。
7.15-11.25
http://www.seribi.jp/

IMG_6375.jpg

美術館前の案内板の上に並んだ四角や丸の文様は、柳宗悦『手仕事の日本』の小間絵です。
小間絵(こまえ)は駒絵とも書き、文中に挿入された小さな挿絵、カットのことです。
全国の手仕事が20数センチ四方の中に凝縮されて描かれた原画は、さらに縮小されて本に印刷されました。

学芸員の白鳥誠一郎さんが日本民藝協会の雑誌『民藝』787号に寄稿した「芹沢げ陲半間絵」の中で、
芹沢が若い頃に憧れた富本憲吉や石井柏亭などが描いた小品は、香合、水滴、猪口などの絵に通じるものがあるとして、
「局限された空間に溢れる大きな世界、堅固な造形。たたえられた自由さ豊かさに打たれるのです。私は自分の気持ちを盛り上げてゆける仕事としてこの小間絵を好みます。」
という芹沢の言葉を紹介しています。

今展は「染色家」芹沢の一面を「イラストレション」として紹介する初めての企画ですが、
本の装幀や新聞の挿絵、また『絵本どんきほうて』もさることながら、小間絵やマッチの箱などの小品には、
同時に展示されている着物や屏風の模様と共通するものがたくさんあり、
むしろ、その小さな世界に「あふれる大きな世界」にこそ芹沢の底力を感じます。ここにこそこの企画の狙いがあり、展覧会の見所だと思います。
ふと、焼きものの世界で、力のあるつくり手のつくる小さな器には「大きさ」がある・・・ということを思い起こしました。

9.2で終了する日本民藝館の「書物工芸」展と共通する点が多々あり、特に興味深く拝見しました。
民藝館では雑誌『工藝』が全120冊展示されていましたが、この雑誌は芹沢の装幀や小間絵抜きにはあり得ないほど。
芹美では、未発表の小間絵を民藝館から借りて展示されています。柏餅や羊羹など、お菓子の小間絵もあるんですよ。
どうぞお出かけください。特に「書物工芸」をご覧になった方はぜひとも。
また、小品の多い展示です、一つ一つ見ていると2時間以上は必要・・・そのつもりでどうぞ。
 
| 大橋正芳 | みる | 23:26 | - | - |
小椋さんが作ったという会津郷土料理に使われる「こづゆ椀」

会津若松に行ってきました。

 

鶴ヶ城を目指してぶらぶら徒歩で街並み散策です。

直線で交わっていない十字路などは敵の侵入に備えた城下町特有のありようでしょう。

私の故郷の小田原もそうですが、

城下町というのは大抵どこもあかぬけない印象が共通しています。

ちぐはぐでアンバランスな景観がなんだか懐かしく感じます。

 

さて、なんといっても会津漆器を取り扱う店が目立ちます。

そして、どの店も実に風格のある建物を今に伝えています。

 

会津漆器協同組合のホームページによると会津漆器の歴史が次のように説明されています。

「会津の地に本格的に漆工芸が根付いたのは、天正十八年(一五九〇)豊臣秀吉の命を受けて

会津の領主となった蒲生氏郷公が産業として奨励したことによります。氏郷公は前の領地であ

った日野(滋賀県)から木地師(きじし)や塗師(ぬりし)を呼び寄せて先端技術を伝授させます。」

http://www.chuokai-fukushima.or.jp/aizushikkikumiai/

 

蔵造りが多いですが、白木屋のような大正時代初期の洋風建築も残されています。

資料室も併設されていて実に立派なものでした。

蔵造りの鈴木屋利兵衛に入って見学していると、会津郷土料理に使われる「こづゆ椀」があり、

独特の面白みがあるので見ているとお店の方がいろいろと説明してくれました。

この「こづゆ椀」は木地師が塗りもやっている工房の物だそうです。

丁寧すぎない塗り方に共感を覚えたので製作者の名前をお聞きしたところ、小椋さんだそうです。

 

諸説あるようですが、小椋という姓は木地師とかかわりがあり、滋賀県東近江の小椋庄から

全国に広がったというのはよく知られた話です。

ちなみに、福島県が小椋姓が一番多く、福島の中でも会津若松が一番多いのだそうです。

蒲生氏郷公が呼び寄せた職人集団の流れをくむ方なのでしょうか。

そのように思いながら見ていると、何となくありがたみが湧いてくるから不思議です。

| 中村裕史 | みる | 21:35 | - | - |
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