手仕事フォーラムblog

手仕事フォーラムのメンバーが、日々発見した事や物をお届けします
持続可能な手仕事

20日に尾山台「手しごと」であった、倉敷緞通の瀧山雄一さんのギャラリートーク。

話題は瀧山さんがこの仕事に出あった頃のことから、制作上の工夫、そして民藝の未来にまで広がり、あっという間の2時間でした。

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4年前に手仕事フォーラムのスタディーツアーで訪ねた瀧山さんの工房。機械類は既存のものをもとに、さまざまな工夫を加えています。例えば織機は従来サポートする人が必要だったのを、1人でも操れるようにしました。ただ、「いつでも元に戻れる状態」を保ち、原理を簡単に、メンテナンスもしやすくしてあるそうです。自動車産業や繊維産業が残る倉敷だから、部品も手に入りやすく居心地がよい、といいます。

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近年は農業と二足のわらじの瀧山さん。本格的に農業を始めて、緞通づくりのほうがよほど大変だと気づかれたのだとか(!)にわかに、後に続く人のことが心配になります。

瀧山さんは、「なくなってもよいもの」かもしれない民藝がここまで続いていることについて、一つの持論を語りました。いわく、(安易に大量生産しようとか)欲を出さず、しんどいけどその精神を守ることで、世の中にまわっていけるのだと。倉敷ガラスの小谷真三さんが度々おっしゃる「健康で、無駄がなく、真面目で、いばらない」の言葉も、ある面では箍(たが)のようなものだったのかも、と思いました。東京はクラフトの店が急増し、ちょっとしたブームのようです。瀧山さんの指摘は、手仕事のいまとこれからを考えるうえで、とても示唆に富んだものでした。

| 大部優美 | 報告 | 11:48 | - | - |
北九州にて竹林に覆われた山へ入る

今年も北九州若松へ

まずは、みんなで“ふじや”で腹ごしらえ。讃岐うどんのような、食べていると

アゴが疲れてくるほどの弾力はなく、かといって柔らかすぎない。

この絶妙な柔らか加減。食べていると北九州に来たという実感が湧いてきます。

今回は、肉ごぼううどんと、おでんを三本。これで千円払ってお釣りがくる。

 

 

 

続いて、当然のごとく“丸窓天ぷら”へ。何度食べても間違いない美味さです。

今回は使われているザルの購入先を聞きました。物産展で購入したのだそうです。

以前、仕方なしに通販で購入したところ、一部に針金が使われていたため、

やはり直接見て買わないと、ということになったのだとか。

「こういうものは九州だったら手に入るでしょ?」

「大都市に卸されているようだから、そうでもない。たまたま物産展で見つけて買った。

でも扱っていている店の名前を憶えているから次回はそこから直接買うつもり」

などと会話しました。

少なくとも10年は使えるそうですが、果たして10年後にも買えるかどうか?

 

 

最近では地産池消も一部で根付き始めているようですが、地元で作っていても

地元で手にりにくい物もまだまだあります。作り手も減り、生産量が減り続けて

いるカゴやザルなどの手仕事の品物は特にそうなのかもしれません。

もちろん、需要を考えれば、地元の限られたエリアでは商売が成り立たないのが実情

でしょうが、地産地消されると、それが生み出される背景や地元への興味関心が深まり

良いのですが。

 

さて、今回の北九州行きの目的は幾つかありましたが、一つは、とある竹林に入り、

一日半作業すること。登山用の靴に作業服。服装も覚悟も決めての作業です。

遠目にはこんもりと茂った緑豊かな竹林で美しく見えますが、ひとたび分け入れば、

その荒廃した有り様に絶句します。本当に息が詰まります。

まず気がつくのは、動物の気配が全く無いこと。繁茂した孟宗竹が太陽光を遮蔽し、

他の植物を死滅させ、餌となる実や若葉を茂らせる草木が無いからでしょう。

薄暗い静寂の中で、風にしなって竹と竹が擦れ合う音だけが鳴っています。

一人だったら居た堪れなくて、すぐに逃げ出すところです。そんな圧迫感があります。

 

 

 

 

竹の子を採るなどに竹林を活用するのであれば、傘を広げて歩ける程度に竹の密度を

管理する必要があるそうですが、それが、どれほどの人手と手間を要することか。

孟宗竹の根は、1年間に10メートル近くも伸びるといいます。

地元のばあさん連中は、竹の子を見つけると鎌でバシバシ切っていきます。

食べるためではなくて、竹林がこれ以上広がらないようにという、ささやかな抵抗。

 

もちろん、こんな感想は、孟宗竹からすれば人間の勝手な言い分でしょう。ここも、

かつては豊かな生態系があったのでしょうが、畑として人間が開墾した末に、その後、

久しく耕作放棄された、その結果なのでしょうから。

もちろん地域の人々にも責任などない。産業構造の変化や急激な人口減少など、

複合的な状況が重なったとしかいいようがないかもしれません。

 

私たちが1日半滞在している間、その地区で一人の子供にも会いませんでした。

若者は外に働き出てしまっている。

10年後どころか、5年後にはどうなるかわからない、そんな地域が日本中に

広がっています。

 

同行してくれた老婆が、竹に覆われた山や耕されなくなった田畑を眺めながら、

昔はこんなではなかった、上から下まで綺麗な田んぼだったんだよと、

やるせない様につぶやいていました。

 

[参考]

‖静通塢 著.  森林飽和 :.  NHK出版, 2012.7. 254p ; ISBN 978-4-14-091193-8

◆惻山事業百年写真集』編集委員会 編.  よみがえる国土 :.  日本治山治水協会 ;

日本林業調査会 (発売), 2012.8. 213p ; ISBN 978-4-88965-219-2

 

以前、里山のことを少し調べた際に、何冊か斜め読みしました。里山ブームで関連書籍

は多数出ています。上記,蓮現在の私たちが考えている理想的な里山イメージは

数百年の間、私たちの祖先が生きてきた里山とは似ても似つかないものだ、という観点

で書かれており興味深い内容です。

 [引用]

現在、「里山」がブームのような観がある。読者の中にも里山の好きな方がおられるだ

ろう。その方々の中には「かつての里山には持続可能で豊かな森が広がっていた。人々

はその恵みを受けて暮らしていた」と信じている方がいらっしゃるのではないだろうか。

(中略)里山には茅場(屋根を葺く材料のカヤを刈りとる場所)と呼ばれる草山があった

ことが知られている。そのような草山をふくめて、かつての里山は「はげ山」か、ほと

んどはげ山同様の痩せた森林―灌木がほとんどで、高木ではマツのみが目立つ――が一

般的であった。少なくとも江戸時代中期から昭和時代前期にかけて、は鬱蒼とした森を

ほとんど目にすることなく暮らしていたのである。(中略)白神山地に連なる里山でさえ

ほとんど樹木がなかったという光景を、江戸時代末期(一八六二年)に平尾魯仙は描き残

している。

言い換えれば、江戸時代に生まれた村人が見渡す山のほとんどは、現在の発展途上国で

広く見られるような荒れ果てた山か、劣化した森、そして草地であった。この事実を実

感として把握しない限り、日本の山地・森林が今きわめて豊かであることや、国土環境

が変貌し続けていることを正確に理解することはできないと思われる。(48頁)

 [引用]

エネルギーの分野において、薪炭から石炭・石油・天然ガスという化石燃料への転換は、

薪炭林としての里山利用を放棄することを意味した。また、化学合成された窒素・リン

酸・カリ肥料の使用は、堆肥や緑肥を採取するための民用林を不必要なものとした。つ

まり地下資源の利用が、二千年以上も続いた日本人と里山の、稲作農耕を介した基本的

で密接な結びつきを切断することになったのである。以来、里山の植生は人間の利用圧

を受けることもなく生態遷移の法則にしたがって変化し始めた。草地には樹木が侵入し、

森の樹木はかつてない勢いで成長し始めた。(135頁)

| 中村裕史 | 報告 | 06:15 | - | - |
仙台での勉強会に参加して

4/12(水)に仙台の林香院で開催された「日本の手仕事勉強会vol.5」に参加させていただきましたので、ご報告いたします。

ちょうど桜が満開でした。



DVDは二本立てで、最初は倉敷硝子の小谷栄次さんの製作風景を。



なにより、距離の近さに驚きました。窯に寄り添うように作るのですね。
無駄の無い美しい動きとスピードに、思わず息を止めて見入ってしまいました。

続いてDVD2本目は、太田潤さんの工房の内容・・・の予定だったのですが、なぜかDVDがうまく再生出来ず、急遽『木綿往生』に変更となりました。

こちらは、外村吉之介さんの貴重な記録。
私が3年ほど前に手仕事フォーラムと出会って間もない頃に、久野さんのお話会で観せていただいたものでした。

当時は民藝についても、手仕事のものについてもほとんど何も知りませんでした。
ただ、その考え方に感動したことを覚えています。

それから、3年の間に、スタディツアー、勉強会などに参加する中で、いろいろな土地へ足を運び、学ぶ機会をたくさんいただきました。
暮らしの中に自然と民藝のものが増え、いつの間にか日常使いの器はほとんどが手仕事のものに変わりました。

そして、思いがけず縁があり、今回もう一度このDVDを観せていただいて、「あ、わかることがたくさんある」と思いました。
自分自身の変化に驚きました。

手仕事の品を生活に取り入れることで、私の毎日はとても豊かになりました。
作り手さんを訪ね、飾らず自然体で仕事に取り組む姿を見て、その土地の美しさを知り、そこで作られたものを使う。
すべてのものの背景にエピソードがあると、ひとつひとつのものがとても大切になります。

手仕事フォーラムから多くのことを伝えてもらいました。
これが手仕事フォーラムの活動なんだと実感するとともに、出会えて良かったという感謝の気持ちでいっぱいになりました。
これからも少しずつ吸収して、それをまわりの人達へ伝えていけたらと思います。

お忙しい中、準備をしてくださった山崎綾さん、どうもありがとうございました。

会場では、山形新庄の醤油や納豆の販売もありました。
しっかりと豆の濃い味のする、しみじみととても美味しい納豆でした!

| 中村仁美 | 報告 | 07:57 | - | - |
仙台で「学習会(DVD鑑賞)」
仙台で学習会(DVD鑑賞会)を行いました。



当初、手吹き硝子の内容のDVDを2本鑑賞する予定でいましたが、
アクシデントがあり、2本目は久野恵一さんが監修された外村吉之介の民藝活動を収録した「木綿往生」を鑑賞しました。
1本目は倉敷硝子の小谷栄次さんの製作風景だったので、「倉敷」で、なんとか繋がり無事に(?)終えることができました。



今回参加された方の中には、去年のスタディーツアーで手吹き硝子の製作を直に見ている方、木綿往生は久野さんの生前のお話し会の時も解説付きで見ているので2回目の方、もちろん初めての方もおりましたが、毎回参加されている方が、少しずつ色んなことに気付くようになり、比較したり、以前と感じ方が違ってきているのではないかと思いました。

実際に手仕事のものを販売していても勉強会に参加してくださる方は、「もの」のどこが良いかを見つけるのが早くなってるように感じます。

手仕事の現状を知り、どういうものが美しく、そして残っていくものなのか。
それがわかる「目」を養っていくための勉強がここで少しはできているのかなと皆さんを見て感じる機会となりました。本当にちょっとした変化なのですが。

それぞれの感想はブログで報告する予定です。
参加いただきました皆様、ありがとうございました。
| 山崎綾 | 報告 | 13:34 | - | - |
あのときのシン・ゴジラ

今ごろのご報告でごめんなさい。昨秋、有田フォーラム後にお邪魔した唐津の東風窯で、中村さんが息子たちに焼き物づくりを体験させてくださいました。

仕事について説明する中村恵子さん(中央)

美しい仕事は、美しい環境から…こんなに整然としている仕事場も珍しいと思いました。

彼らが成形したものを、焼いてくださるとのこと。楽しみに待ちました。

そして、年明けにもやい工藝で受けとりました。

なんということでしょう〜♪ 左が長男のシン・ゴジラ(第2形態)、右が次男の土偶。

(以下、長男のお礼の言葉です)

ただの土の塊が、中村さんのすばらしい絵付けによって、きちんと置物に仕上がっているではありませんか!

中村さん、すばらしい体験をさせていただいて、本当にありがとうございました。

| 大部優美 | 報告 | 22:42 | - | - |
佃島暮らし

 

私事ですが、この春、一家で東京へやってきました。

古代の都から、1300年の時空を超えてタイムスリップした感じです。

 

 

今まで大事にしまってあった倉敷緞通が、玄関の幅にぴったりでした。

手仕事のある心豊かな暮らし、現場やつくり手のこと、今まで以上にお伝えしていけたらと思います。

| 大部優美 | 報告 | 12:42 | - | - |
「雪調に学ぶ講座」に参加して

3/25 山形の新庄で行われた「雪調に学ぶ講座」に参加してきました。



雪調(積雪地方農村経済調査所 昭和8年〜22年)の遺産を次世代に引き継ぐために始まったこの講座も今年7回目で、民俗研究家の結城富美雄先生が第1回目より講演でお話しされているそうです。



結城先生は旧雪調構内にあった「農村工業指導所」で1年間ホームスパンの研修を受けられていて、当時の豪雪と向き合った命がけの生活の話や結城先生のお祖母様が綯った藁の紐などしっかりとしたとても美しい手仕事を見せていただきました。



講演の中で特に印象的だったのは、もの作りに大切なのは「心」だということ。
「今年は去年より良くできた」、「美味しくできた」など、
過酷な環境の中でも少なからず作り手の喜び(愉悦)の心が大事で、それが「手仕事」なのだと。




この冬の雪は例年の半分しか降ってないそうです。
時代が変わり、地域の問題も当時と変わってきていますが、若い人たちが「雪調」を学ぶことで次の世代へ残す取り組みが活気のあるものとなっていると感じました。

| 山崎綾 | 報告 | 08:32 | - | - |
盛岡にあった、キッチンたくま

写真データを整理していたら、閉店してしまった盛岡のキッチンたくまの写真が出てきたので、

懐かしく思い出したついでにブログへ投稿。

訪ねた日は12時前だったので、お客さんも少なく、店内をうろうろと歩き回りながら見物させていただきました。

店の人の許可を得て、揚げものの油でベトベトになった金城次郎さんの抱瓶などを触らせていただいたり。

店は地下にあり、なんだか不思議な雰囲気でした。

また行こうと思いつつも叶わず、残念です。


キッチンたくまは、久野恵一さんも何度となく紹介しています。

例えば、
盛岡「キッチンたくま」でメキシコの古作コップと巡り会う

ご存知のように、このコップは再現され、<鎌倉>もやい工藝や尾山台の<手しごと>に時折並んでいますが、

いわれを知っていると、また興味をそそられるものです。
読谷ガラス メキシコグラス

 

私も一つ買い求め、久野さんの提案に従って、焼酎をオンザロックで楽しんでいます。

重厚感があるので、グイグイ飲んで、のどごしを楽しむビールにはむいていませんが、

氷を溶かしながらちびちびやるには都合の良いものです。

 

オリジナルのメキシコのコップも見てみたいものです。

| 中村裕史 | 報告 | 06:23 | - | - |
手仕事フォーラムメンバーの読書日記、澤地久枝さん著「琉球布紀行」

本棚の整理をしていると、少し懐かしい文庫本が出てきました。

ノンフィクション作家の澤地久枝さんの「琉球布紀行」です。

私は、手仕事フォーラムに参加する以前より着物が好きだったので、この本は着物に対する興味から読んだ1冊でした。

琉球各地で、それぞれの布が生まれる人間模様が面白く、着物についても学べ、当時も大満足で読み終えたわけですが、いま読み返してみると、この本は優れた手仕事の記録でもありました。

昭和史に取り組む澤地さんにとって、沖縄を扱った文章を書くことは、「布」が題材とは言え、相当な覚悟が必要だったことがあとがきから窺えます。

『わたしの仕事として異色のようでありながら、これこそがわたしの「沖縄体験」であった。』と文庫版のあとがきにもあります。

異色のよう、と思いながらも、形にしてくださったことにとても感謝します。

布を愛する方にお奨めしたい1冊です。

| 瀬部和美 | 報告 | 19:53 | - | - |
有田フォーラム3日目 小鹿田

憧れの坂本浩二さんの窯では、作っておられるところを見せていただきたいとお願いしたところ、こころよく見せてくださいました。

通常は別々に作業されるそうなのですが、今回は形を作るところから模様をつけるところまで通して見せていただきました。

棒状の土がみるみる内にお皿になっていく様子や、装飾だけでも刷毛目・櫛描きなどいろいろな技法を間近で見せていただき感動しました。

実際に見せていただくと、この仕事は身体が大事、特にやはり手が大事なので、怪我をしないように注意されている、とお話されていたことがよく分かります。
蹴ロクロを使うのに左右の足の動きが違うため、整体師さんが驚かれるほど筋肉の付き方が違うそうで、やはり負担がかかるので、体を壊さず長く作り続けられる様に気を付けておられるとのことでした。

刷毛とロクロを回す左手(の親指)との絶妙なタイミングでトントントンと刷毛目が等間隔に。目が離せません。

隣では息子さんの拓磨さんが黙々と製作されていました。息子さんには、小さい頃から「この仕事はこんなにいいところがあって、こんなに楽しいよ!」ということをご夫婦で伝えてこられたそうで、代々受け継ぐお仕事にとって大切なことだと言われていました。

いろいろなお話を聞かせていただいて様々な背景を知った上で使うと、ますます小鹿田焼が好きになり、大切に使っていこうと思います。

勉強不足の私のどんな些細な質問にも丁寧に答えてくださって感激しました!
ありがとうございました。
 

| 松本永子 | 報告 | 21:39 | - | - |
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