手仕事フォーラムblog

手仕事フォーラムのメンバーが、日々発見した事や物をお届けします
仙台から静岡へスタディツアー
仙台から静岡へスタディツアー◆崟織の美しさ」

浜松のアトリエぬいやさんで大橋先生に「染織の美しさ」についてご講義いただきました。

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ぬいやさんののれんや座布団、風呂敷などに囲まれた中に並べられた数々の染め物、織り物。
おそらく江戸時代に嫁入り道具用の布団に使われていたのでは?という手の込んだ模様の藍染め、
染めるのが難しいという二色染めの布、
どうやったらこんな模様に染まるの?と考えさせられる有松絞りや、
板染めに使われていたという板も見せていただきました。

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植物の繊維を布状に編み込んで使っていた時代から麻、木綿の織物ができるまでは長い長い歴史があり、
更に模様、染め方を工夫していく先人の知恵に驚くばかりです。
材料を育てる人、布を織る人、模様を考える人、型を彫る人、
防染糊をつける人、染める人と様々な手を通してようやく一枚の布が出来上がると思うと
壮大なロマンを感じます。
そして、いつの時代でも美しいものを求めるのだなと愛おしく思いました。

大橋先生、多岐にわたるお話をありがとうございました。

柴田まなみ
| 管理人 | 報告 | 06:39 | - | - |
仙台から静岡へスタディツアー

​仙台から静岡へスタディツアー 峩楝げ陲離ぅ薀好肇譟璽轡腑鵝

静岡市立芹沢げ霹術館の「芹沢げ陲離ぅ薀好肇譟璽轡腑鵝彭犬忙任い泙靴拭

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芹沢げ陝畄神のイメージが強かったのですが、肉筆や合羽刷りの小間絵、
挿絵などたくさんの作品を拝見できました。
中でも特に印象に残ったのが子ども向けの本「アラビヤ夜話」や「フィンランド童話」に
描かれたという挿絵です。
エキゾチックだったり幻想的だったり、ワクワクと想像力をかきたてられました。
これが昭和20年代に描かれたとは。
子ども時代にこの本を読んだ方はさぞかし異国への夢が膨らんだことでしょう。

学芸員の方にご説明いただきながら原画を見るという贅沢なひとときでした。
詳細なお話をありがとうございました。

柴田まなみ

| 管理人 | 報告 | 11:29 | - | - |
須波隆貴さんのワークショップ

秋晴れの日曜日、大阪民芸館で催されたいかごのワークショップに参加してきました。

先日の倉敷フォーラムで訪問させていただいた須波亨商店の須波隆貴さんが講師です。

瓶かごと鍋敷きの2種類があり、私は瓶かごを選びました。

席に着くと、すでに持ち手のところは須波さんによって編まれています。

 

スタートの状態

 

始まる前の須波さんからの一言。

「ワークショップには、土びねりとか自分の感性を生かして作るものと、完成形があってそれを目指しましょうというものと、2種類があります。僕のものは後者で結構難しいです。」

おおっ、どうしましょう、不器用なのですが、2時間で私にもできるでしょうか・・・と、不安になりながらも始めます。

まずは、なぜ倉敷で藺草の手仕事が発展したかや、藺草の種類のお話、編むまでの工程などを説明してくださいます。

その後、須波さんが2人ずつ順番に編み方を教えてくださるので、自分の番が来るまでは、他の人のレクチャーを見学します。

須波さんが「自分のを間近で見ているより、他の人が教わっているのを冷静に見たほうがわかりやすいかも。」とおっしゃるとおり、私の組はちょうど真ん中ぐらいだったため、見る→自分の手を動かして編んでみる→また見る、という順番で取り組めたため、とてもわかりやすかったです。

 

七宝模様を作っているところ

 

須波さんに整えていただく

 

底の部分

 

輪を作ったり、捻ったり、結んだり、意外と力が必要で、全く思うように形が整わないものですが、須波さんに要所要所で整えてもらいながら、編み進めます。

4段編むのですが、須波さんが「1段目はよくわからなくて、2段3段で慣れてきて、4段目でできるようになった頃に終わります。」と言われたように、「ちょっと綺麗になったんじゃない?楽しい!」と思った時には、4段目でした。

最後は底をかがる感じで終わります。

その部分は、自信のある人は自分で、私は瓶を入れた時に底が抜けては困るので須波さんにお願いをしました。

須波さんに大半を手伝っていただきながらも、出来上がった時にはものすごい達成感があり、さっそくワインでも買いに行きたくなりました。

「しゃべるのが得意じゃないので。」とおっしゃるとおり、確かに口数は少ないのですが、指導も的確で、お話も面白く、笑い声の絶えない楽しいワークショップでした。

 

お話や説明の中で、須波さんから何度か「美しい」という言葉が出てきました。

例えば、かがった瓶かごの底は、どの形が正しいというものもなく、ただ纏めて固結びにしているようなものもあるけれど、かがって丸くしたほうが美しい。また、かがり方は、どこから始まったかわからないようにしたほうが美しい、それがかごの美学とされているから、など、須波さんは本当に美しいもの、それも飾られて美しいものではなく、瓶かごのように、使われる上で美しいものがお好きなのだな、と思いました。

家に持ち帰り、さっそく使い始めました。

とげとげしたところがなく、滑らかで触り心地がよく、そして部屋に置いていると藺草のよい香りが広がっています。

9月に須波さんの工房を訪れた時にも、いろいろと勉強させていただきましたが、今回のワークショップもとてもよい経験になりました。

須波さん、ありがとうございました!

 

完成したもの

| 瀬部和美 | 報告 | 18:06 | - | - |
丹下健三 旧倉敷市庁舎

<全国フォーラムin倉敷>が終わり、日々の忙しさにかまけている間に気が付けば11月。

この間、多くの充実した報告がなされてきたので、もういいなと思いつつも、

せっかく参加したのに何も書かないというのもお世話になった方々に申し訳ないと、

報告されていないネタがないものかと考えました。

そういえば、最終日の公開フォーラムが行われた建物については誰も書いていないので、

それについて少しでも記録しておこうと思います。

そうはいっても建築は全くの門外漢ですので専門的なことはわかりません。

この建物、現在は倉敷市立美術館ですが、もともとは倉敷市庁舎だったそうです。

 

公開フォーラムが終了し、全てのプログラムが終わって解散になった時に、

倉敷在住のメンバーから、この建物は丹下健三の建築であることを聞きました。

ちょっと変わった建物だとは思いつつも事前のリサーチ不足で知らずにいた私は、

急いで館内を回って写真を撮らせていただいたのでした。

 

ブログを書くにあたって、撮ってきた写真を並べるだけではつまらないので、

建設当時の写真が見てみたいと思い、図書館にいって書架をブラウジング。

こういう時には図書館が威力を発揮します。

 

まずは、新建築社から2002年に出版された『丹下健三』限定2,500部(大きくて重い)

に建設当時の空撮写真が掲載されていました。これがなかなかに異様な光景でおもしろい。

(新建築社『丹下健三』271頁)

解説によれば、

「丹下の構想の基本は、市の中心部に市役所と公会堂で囲まれた市民広場を設け、

駅前に、鉄道と道路交通の結節点としての駅前広場をつくり、両者をつなぐ。名高

い運河沿いの歴史的町並み地区は手をつけない。しかし、歴史的環境が現代都市に

とって深い意味を持つという認識をもっていたわけではなく、文化財としての保存

という既定路線を踏襲した。こうした歴史的町並みを丹下がどう見ていたかについ

て、担当者の西原清之は次のように記録している。

  空から見た倉敷の市街地はほとんどが木造家屋で占められていた。ある

建築家[丹下]の表現をかりれば、いちめんコケが生えたような2次元

の世界であり、そこから[都市デザイン立案のための]何の手がかりを発見

することもできなかった。

丹下はコケのような木造都市を焼け跡同類に見なして、震災復興期に焼け跡で試み

たと同じ、広場を中心に市庁舎と公会堂の集まる都市のコアを提案した。リターン

マッチといえよう。」(252)

 

次に、ハンディーな本として 豊川斎赫『丹下健三ディテールの思考』2017

の倉敷市庁舎に関するページを開く。

建築家のワルター・グロピウスが1954年に来日した際に古い蔵の街並みを訪れた際

のエピソードが紹介されています。実は、グロピウスを案内したのは丹下健三

だそうです。

 

「グロピウスは倉敷の街並みと倉敷民芸館に展示された織物を見学したのち、

ラジオを通じて以下のように発言している。

  私は倉敷について強い印象を受けた。特に表現の著しき統一を持った

この町を見出した今日は珍しい日であった。美術館の上に立って見た

屋根の形態の如くこの町の偉大なる実在はいかなる新しい建築及び間在

する何物によっても妨害されることなくあるものは独自の特性を持った

前時代の一つの町の感情さえ感じられるのである

グロピウスは日本に滞在している間、丹下を含む日本の建築家に向けて、西欧の

後追いばかりでなく、自らの伝統を大切にするよう、幾度となく説いたという。

日本の経済発展以上に伝統の継承を願うグロピウスの思想に丹下は複雑な反応を

示したが、倉敷市庁舎の設計をもって伝統的町並みの中の近代建築とはどうある

べきか、という難問に答えることになった。」(143頁)

(新建築社『丹下健三』274頁)

 

いくつか本を手に取って斜め読みしていると、この当時、伝統論争というものがあり、

伝統と創造について活発な議論がなされていたようです。

そうしたことも踏まえて見る必要があるようですが、しかし私の調べはここまで。

詳しい人がいたらそのあたりの事情と、倉敷市庁舎の位置づけについてお聞きしたい。

 

最後にフォーラムが開催された講堂(旧議場)の写真。

講堂は良い写真が撮れませんでした。

図書館で見た本の中では、『丹下健三 伝統と創造―瀬戸内から世界へ―』に

写真家ホンマタカシ氏が撮影した講堂が掲載されていて、実際の雰囲気を伝わります。

| 中村裕史 | 報告 | 19:23 | - | - |
ていねいな暮らし
倉敷本染手織研究所の石上先生をはじめ、研究生、卒業生の方々には
全国フォーラムの際に大変お世話になりました。

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研究所をお借りしての学習会。
その学びの場所は、簡素なしつらえで、慎ましく、控えめな輝きがありました
開設当初よりたくさんの研究生の方々と時を過ごしてきた道具たち。
機はもちろん、美しい飴色となった、かご、ざるに目がゆきます。

少年民藝館より「物言わぬ友達 − 毎日私共といっしょにいる道具類 − 美しさを備えたよく働くよい友だち」という外村先生の言葉が思い浮かびます。

そして、滑りのよい木の廊下。
毎日固く絞った雑巾で、水拭きをされているのでしょうか。
磨かれた無垢の木は光り、こちらを映すほどです。
毎日の暮らしの中で、床は私たちを支えてくれる土台です。
研究所の方々が、自分の分身のように毎日を共に過ごすものを丁寧に、敬意を払って扱っておられることが伝わってきます。
ものには一つ一つ魂が宿る、といいますが、これらの空間にある輝きがそれではないかと思いました。

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藤岡 葵
| 管理人 | 報告 | 23:15 | - | - |
山内武志さんによる型染めワークショップを開催しました

仙台のフォーラム会員の皆さんを中心に、

山内武志さんによる型染めワークショップを開催しました。

 

当日は雲ひとつない晴天、風もなく、まさに「染め日和」。

「こんな天気は年に何回もないよ」と山内さん。

(本当は仕事がしたかったかもしれません・・・)

80歳という年齢を感じさせない元気さで、朝からフル活動。

朝10時ごろに伺った頃には、すでに朝染めた布が干されていました。

 

皆さん、考えてきた模様を型紙に彫って、

糊をのせて藍染をして、無事完成。

 

 

 

貴重な時間をいただきました。

山内武志さん、陽子さん、ありがとうございました!

 

| 久野民樹 | 報告 | 05:03 | - | - |
静岡スタディーツアー(仙台発)

仙台での学習会(DVD鑑賞会)のメンバーと静岡と浜松で型染のスタディーツアーを行いました。

初日は静岡県立芹沢げ霹術館で開催中の「芹沢げ陲離ぅ薀好肇譟璽轡腑鵝彭犬鮓学し、
実際に展示に携わった学芸員の方の解説、
更に大橋正芳先生にも芹沢げ霹術館の建築のことから芹沢げ陲亡悗垢詬諭垢淵┘團宗璽匹
時代背景についてもお話ししていただきました。

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その後、浜松に移動し、アトリエぬいやさんの2階をお借りして大橋先生の「染織の美しさ」についてのご講義。
山内染織工房の山内武志さんも参加してくださり、有松の絞りや古い型染めの布、
丁度ぬいやさんで展示をされているアフリカの布などを実際に見て手に取りながら木綿や麻の歴史、
柄や用途など盛り沢山の内容でした。

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2日目は山内さんの工房で型染と藍染のワークショップ。
東北に住む私たちから見ると10月の末に外で水仕事をほぼお一人で長時間されることがそもそも考えられません
(しかももう数日で81歳!)。
でもこの日も日差しが眩しいくらいの秋晴れで、
作業工程で外に干したものはすぐ乾き、染めの仕事は暖かで穏やかなこの土地の気候に合っているのだと実感しました。

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体験が夕方に終わった後もお天道さんが沈むまではとお仕事を次から次へとこなす山内さん。
娘さんの陽子さんが「こんなお天気の日は、本当は仕事したかったんだよ」と。
この日のために予行練習もされていたと伺い、私たちのために貴重な時間を割いていただき心から感謝の気持ちと、
仕事をエネルギッシュに楽しまれている山内さんからたくさん元気をいただき帰路に着きました。

| 山崎綾 | 報告 | 18:00 | - | - |
小鹿田焼災害復興の報告会

小鹿田焼の「災害復興報告会」が大分県日田市で開催され、

手仕事フォーラムを代表して出席させていただきました。

 

当日は大分県知事や日田市長が来賓として出席されるとともに、

地元企業など、今回の災害復興を支援された多くの方々が招かれました。

 

黒木昌伸さんが写真とともに復旧状況を報告。

被害を受けた採土場や唐臼、水路などは復旧工事が完了。

災害以前とほぼ変わらない生産体制が整ったということです。

 

迅速かつ着実に復旧が進んだのは、小鹿田の皆さんの強いつながりと、

復旧を牽引した方々の強いリーダーシップがあったからこそでしょう。

背景には、長年に渡って築かれてきた小鹿田の歴史と実績があるのだろうと感じました。

 

今回の小鹿田焼支援募金には、フォーラム会員をはじめ、お店やお店のお客様、

作り手の皆さんなど、多くの方々からご支援をいただきました。

厚く御礼を申し上げます。

 

10/13からは昨年開催できなかった民陶祭が再開されます。

多くの方が訪れることでしょう。

 

 

 

| 久野民樹 | 報告 | 17:15 | - | - |
9割バッターに俺はなる

先日の倉敷フォーラムで、倉敷段通の瀧山雄一さんを訪ねたことはすでに久野民樹さんが書いてくださいました。瀧山さんの一本気な仕事ぶりは語られつくしているような気もしますが、2週間経ってなお冷めぬ感動を記録しておこうと思います。

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イグサに紙テープを巻き付ける工程(左)、表地の「リング糸」をつくる工程(中、右)を説明してくださる瀧山さん。めざす仕事をするために、一つひとつの機械を自ら設計し、部品を調達し、改善を重ねてきました。ここまでは過去にもうかがったことでした。今回驚いたのは、糸づくり。機械にセットする前の糸を、自分の手を使って巻いています。しかも、2度、巻き直します。

 

機械に任せて巻いても、わざわざ巻き直さなくても、それなりのものができるんだろうと思います。が、それは納得いく仕上がりではない。この手間に、瀧山さんの仕事の真髄を見た気がしました。

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仕事を始めた当初は、機械を改良しては織り、品物がたまったらまた改良する、という繰り返しでした。よこ糸を機に届ける仕掛けもまた独創的で興味深いのですが、はじめは3回に1回くらいしかうまく届かなかったそうです。それでは効率的に仕事ができません。思案の末、ようやく失敗のない仕組みができあがりました。「9割バッターに」という言葉は、こんなエピソードを語る中で出たものです。妥協せず、打席に立ったら必ず結果を出す。そういう気構えを私も持っていたいと思いました。

| 大部優美 | 報告 | 08:41 | - | - |
小谷眞三さんの言葉

今回の倉敷フォーラムでとてもうれしかったのは、まだまだお元気な米寿の小谷眞三さんにお目にかかれたこと、それだけでなく、公開フォーラムや懇親会にも参加していただけたことでした。

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公開フォーラムでは、染織、ガラス、段通それぞれのお仕事の歩み、外村吉之介さんはじめ民藝の先達とのかかわりなどが語られました。

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司会の大橋正芳さんから倉敷ガラスの第一人者への締めくくりの問いは、「若い人たちへのメッセージ」。

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眞三さんの言葉が印象的でした。「手仕事は、人間の心をつくるもの。だから手仕事をやる人は、人様の心をつくるつもりで、丁寧に、真心込めて、日常使えるものをつくらないといけない」「使いやすいものをつくると、ひとりでに形もよくなるそうですわ」

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「健康で、無駄がなく、まじめで、いばらない」というガラスづくりは、そのままご本人の生きざまでもあると、深く心を動かされたのでした。

遅ればせながら、倉敷フォーラム開催にご協力くださったみなさま、ありがとうございました。

| 大部優美 | 報告 | 22:49 | - | - |
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