手仕事フォーラムblog

手仕事フォーラムのメンバーが、日々発見した事や物をお届けします
昭和9年に記録されたイタヤ細工の映像

全国フォーラム最終日は秋田県仙北市角館にて、佐藤さんご夫妻と本庄さんの仕事を見学。

帯状に裂いたイタヤを、“ひご”として仕上げるために、小刀で表面を薄くなめらかにする作業

工程を見ることが出来ました。

イタヤカエデならではの清らかな白さが、やはり美しい。もちろん、この工程以前に多くの手間

がかかっており、それを思うと非常に尊い仕事だと思います。

イタヤ細工は編粗品の中では比較的値の張る品物ではありますが、この手間を考えれば

それも納得できます。是非とも生活の中に取り入れ身近に置いて使いたい品です。

イタヤ細工の一連の作業工程については、久野恵一氏の『民藝の教科書いごとざる』にかなり

詳しく写真と解説が掲載されています。

 

さて、イタヤ細工は昭和9年に動画で記録されており、現在、アーカイブとしてWebで観ることが出来ます。

これは、アチックミューゼアム(後の「日本常民文化研究所」)を主宰した渋沢敬三(渋沢栄一の孫)らに

よって撮影されたものです。

『イタヤ細工 製作者 渡部小勝君』と題されたフィルムは1934(昭和9)11月に、渋沢敬三の自邸において撮影されたものです。

『イタヤ細工 製作者 渡部小勝君』

渋沢敬三・16ミリ・18分・一九三四(昭和九)年一一月九日・所蔵=常民研

※この映像資料は、400ページを超える解説本と組で、DVDブックとして岩波書店から販売もされています。

 アチックの活動についても詳しく、また、収録されている映像に関する詳細な解説がなさており、

 貴重な民俗資料になっています。

 ■DVDブック

  『甦る民俗映像−渋沢敬三と宮本聲太郎が撮った一九三〇年代の日本・アジア−』岩波書店,2016.3

 

映像を見ると、作業工程がほとんど変わっていないことが分かります。DVDブックの成田敏氏の解説によると、

渡部小勝さんは職人ではなかったものの、代々イタヤ細工を行ってきた家柄だそうで、曽祖父の渡辺栄蔵さん

は明治初期の名工。祖父鶴治さんは小刀を改良して生産の向上に貢献したそうであり、そのようなことから

技術を受け継いでいたのだろうとのこと。

 

映像に付された目録情報をもう一度読みます。

「この映像は、1934(昭和9)11月に、渋沢敬三自邸において、渡部小勝(秋田県仙北郡雲澤村:仙北市)が

製作するイタヤ細工による箕の作成過程を記録したものである。なお、後半部に石神の斎藤善助家における

糸繰り作業、そば打ち作業が収録されている。尚、映像に音声はありません。」

 

 “昭和9年”と“角館”と読んで、既視感といいますか、何となく別の文脈で同じような話を読んだ記憶があり、

志賀直邦著『民藝の歴史』(筑摩書房, 2016)を確認してみたところ、ありました。

「19 手仕事の復興」「柳宗悦と樺細工伝習会のこと」から文章の一部を抜粋します。

 

「秋田県の手仕事場については、昭和一六(一九四一年六月)の「第二回東北民藝品展覧会」(日本民藝協会、

雪国協会主催・三越本店)においても樺細工の煙草入、イタヤ細工の箕や籠、楢岡焼の徳利、鉢などが出品

されましたが、柳宗悦がはじめて東北地方の民藝探訪のおり秋田を訪ねたのは、昭和九(一九三四)年一月

半ばのことでした。」

 

そしてその後、昭和17年正月に秋田角館を再訪し、昭和17年5月の樺細工伝習会へと話はつながっていきます。

昭和9年に柳と渋沢が角館を目指したことが、単なる偶然なのか、はたまた関係があるのかは私にはわかりませんが、

新たな道を開いていった二人が同年に角館を訪れているという事実に大変興味をそそられます。

 

もう一度、アチックフィルムに話を戻します。イタヤ細工の産地について、成田敏氏が次のように解説しています。

「おそらく、北東北に偏った数少ない地区で行われてきたと思われる。今のところ筆者が確認しているのは秋田県

仙北市雲然のほか、秋田市太平、青森県弘前市東目屋、同八戸市世増(旧南郷村)である。」

しかし、青森県に二ヵ所あったイタヤ細工は、いずれも途絶えてしまったそうです。

 

当日買い求めた、野趣あふれる沢くるみ掛け花入れを見ながら、角館の貴重な仕事が継承されることを切に願うばかりです。

 

| 中村裕史 | 報告 | 08:53 | - | - |
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