手仕事フォーラムblog

手仕事フォーラムのメンバーが、日々発見した事や物をお届けします
小椋さんが作ったという会津郷土料理に使われる「こづゆ椀」

会津若松に行ってきました。

 

鶴ヶ城を目指してぶらぶら徒歩で街並み散策です。

直線で交わっていない十字路などは敵の侵入に備えた城下町特有のありようでしょう。

私の故郷の小田原もそうですが、

城下町というのは大抵どこもあかぬけない印象が共通しています。

ちぐはぐでアンバランスな景観がなんだか懐かしく感じます。

 

さて、なんといっても会津漆器を取り扱う店が目立ちます。

そして、どの店も実に風格のある建物を今に伝えています。

 

会津漆器協同組合のホームページによると会津漆器の歴史が次のように説明されています。

「会津の地に本格的に漆工芸が根付いたのは、天正十八年(一五九〇)豊臣秀吉の命を受けて

会津の領主となった蒲生氏郷公が産業として奨励したことによります。氏郷公は前の領地であ

った日野(滋賀県)から木地師(きじし)や塗師(ぬりし)を呼び寄せて先端技術を伝授させます。」

http://www.chuokai-fukushima.or.jp/aizushikkikumiai/

 

蔵造りが多いですが、白木屋のような大正時代初期の洋風建築も残されています。

資料室も併設されていて実に立派なものでした。

蔵造りの鈴木屋利兵衛に入って見学していると、会津郷土料理に使われる「こづゆ椀」があり、

独特の面白みがあるので見ているとお店の方がいろいろと説明してくれました。

この「こづゆ椀」は木地師が塗りもやっている工房の物だそうです。

丁寧すぎない塗り方に共感を覚えたので製作者の名前をお聞きしたところ、小椋さんだそうです。

 

諸説あるようですが、小椋という姓は木地師とかかわりがあり、滋賀県東近江の小椋庄から

全国に広がったというのはよく知られた話です。

ちなみに、福島県が小椋姓が一番多く、福島の中でも会津若松が一番多いのだそうです。

蒲生氏郷公が呼び寄せた職人集団の流れをくむ方なのでしょうか。

そのように思いながら見ていると、何となくありがたみが湧いてくるから不思議です。

| 中村裕史 | みる | 21:35 | - | - |
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