手仕事フォーラムblog

手仕事フォーラムのメンバーが、日々発見した事や物をお届けします
三浦半島に讃々舎あり(前編)

京急本線に乗って半島の突端を目指す行為はなんとなく心躍るものがあります。

岬へ向かうという行為がなんとなく非日常へと誘うからでしょうか。

住んでいる人にとっては別に面白くもない日常でしょうが。

 

…金沢文庫、追浜、安針塚、汐入、堀之内、三浦海岸、三崎口。

駅名を追うだけでも岬へと思いがつながるし、少しでも歴史に今日のある人なら

下車して散策してみたくもなるでしょう。

 

はじめて、金沢文庫で下車。

司馬遼太郎は『街道をゆく42 三浦半島記』において書いています。

「すでにふれたよう、実時は火を怖れた。このため、称名寺がたとえ焼けても

火が金沢文庫に及ばないように、文庫の所在地は小山一つをへだてさせている。

しかも小山に隧道をくりぬいて、双方のゆききの利便をはかった。

その隧道はいまも保存されているが、いまはべつに新隧道が穿かれている。

それをくぐりぬけると、目の前に近代的な建造物として県立金沢文庫があらわれる。

この仕掛けの妙は、横浜に住むほどの人なら、一度は味わったほうがいい。」

 

「一度は味わったほうがいい。」

 

司馬遼太郎が称名寺を訪ねるにあたり案内を請うた人と待ち合わせたという

朱塗りの四つ足門をくぐると両サイドは仁王門まで桜並木がつづいています。

ようやくつぼみが付き始めた頃で、花の季節はさぞや見事であったでしょう。

その後、花見どころではなくなるとは、あの時は思いもしませんでしたが。

 

確かに、ここが横浜であることを忘れさせるような広大な敷地。

 

そして、街道をゆくに出てくる件の隧道。

「中世の隧道」というプレートがかろうじて見えますが、ちょっと残念な状態。

こっちが新しい隧道。

「千と千尋の神隠し」に出てきそうな隧道。期待感が高まります。

ここを抜けると目的の金沢文庫が…、

あることはありましたが、空調設備工事中とのことで

三月末まで閉館という張り紙がありました。

まあ、観覧が目的ではなく、「一度は味わったほうがいい」という

その立地条件を見たかったから悔しくないと自分を納得させ、

次なる目的地である三浦海岸を目指したのでした。

 

補記)

金沢文庫は、北条実時・顕時・貞顕の金沢北条氏三代によって収集された

和漢の貴重書を納めた書庫。現在の文庫がある一帯は「文庫ヶ谷(ぶんこがやつ)」

と呼ばれていたため、中世の金沢文庫がこの辺りにあったものと推定されている。

 

HN

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