手仕事フォーラムblog

手仕事フォーラムのメンバーが、日々発見した事や物をお届けします
小鹿田訪問・採土場

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小鹿田皿山に到着した私たちを、坂本浩二さんがまず連れて行ってくださったのは、採土場でした。
昨年の豪雨災害の被害状況として崩落が伝えられたところです。
 
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「もっと計画的に掘っていったらよかったのに、掘りやすいところから掘っていったから、壁が垂直になってしまったんよね〜」と、ユーモアを交えて話してくださいましたが、どれほど怖い思いをされたことかと思います。
採土場から掘り出した土もすぐには分配はできず、どこの窯元にも均質な土が分配できるように、混ぜ合わせなければならないそうです。
「この採土場は全部の窯元が使っていっても、計算上80年は使える。しかし、土がなくなる前に次の採土場を用意しとかんといかんし、今後は、どこをどう掘ってきたかということをマップにして記録に残していこうと思うとる」
 
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浩二さんの前向きな話に耳を傾けていると、
・・・ギィ〜、ゴットーン・・・
小鹿田のしっかりとした脈動を確信させるような、
唐臼の音が聞こえてきました。

| 後藤薫 | 報告 | 09:18 | - | - |
唐臼の復旧

去年の九州北部豪雨から1年経とうとしている小鹿田と小石原を訪れました。今回は手仕事フォーラムで約10年と長く活動しているメンバーと一緒に、小鹿田や小石原への特別な思いを持って向かいました。
小鹿田では早速、坂本浩二さんに災害時の様子とその時に川に流れてしまった唐臼の話を伺いながら、新たな設置を着手した唐臼を見せていただきました。

 

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唐臼がある小屋へ下りていく階段もコンクリートの堤防で囲われています。唐臼を覆う小屋は風や雪で崩れないよう見事に木が組まれてあり、屋根は劣化が早まらないよう重ね合わせのない1枚のトタンで片流れ屋根になっていました。

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新しい唐臼の木は切ってからまだ半年しか経っておらず、あと3ヶ月は乾燥させないと水が当たるもう片方とのバランスが取れず、
次の段階に進めないそうです。

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土に当たる杭の部分にはめる鉄の輪っかも劣化の早いところを考慮して工夫されています。

 

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土が置かれるくぼみ(臼となる部分)も手でくぼませることにより、自然と満遍なく混ざり、型で作った臼のように途中でかき混ぜる必要がないのだそうです。

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過去に経験のないことなので、すべて出来上がってやってみないとどうなるかわからないと浩二さんは話されていました。
一連の工事を手がける大工さんと一緒に、先人の知恵を参考に試行錯誤しながら、未来を見て、着実に進めている浩二さんのお姿にとても清々しい気持ちになりました。

| 山崎綾 | 報告 | 08:40 | - | - |
36号、まもなくです
「SILTA」36号の色校が印刷所から届きました。



校了!!
印刷がはじまります。

36号は倉敷特集。
9月の「全国フォーラム in 倉敷」に向けた内容が満載です。
会員の皆様には間もなくお手元に届きます。お楽しみに。
| 大橋正芳 | お知らせ | 13:24 | - | - |
小鹿田・小石原への訪問

先週末、九州豪雨災害から間もなく一年が経つ小鹿田・小石原を訪問しました。

災害時の様子や、現在の状況、復興の様子を伺うため、手仕事フォーラムでも何度も小鹿田・小石原を訪れている中堅メンバーが集いました。

空港から小鹿田への道で、豪雨で土砂が流れ露出したままの山肌や、流木が横たわったままの川が目に入り、胸が詰まる思いでした。

伺ったお話や、それぞれが感じたこと・学んだことは、追って報告させていただきます。

一番強く感じたことは、復興への道のりは遠くとも、小鹿田・小石原の皆さんが一歩ずつ確実に前に進んでいるということでした。

空港に向かって、杷木バスターミナルへ向かう道でも、川べりに積まれた土嚢が延々と続く姿が目に入りましたが、皆さんから感じた前向きな思いと、変わらぬ唐臼の音を思い出し、今度は胸を熱くしながら帰路に就きました。

小鹿田・小石原の皆さん、お忙しいところ、お時間を割いていただき、本当にありがとうございました。

以前と変わらず、私たちを迎えてくれた唐臼の姿と音。

 

| 瀬部和美 | 報告 | 06:00 | - | - |
朝日新聞 愛媛版 連載 「手仕事さんぽ第3回目」
門田真記子さんの連載 「手仕事さんぽ第3回目」 6月第3木曜日の記事は、「西原悟志さんの作る竹細工」です。
手仕事フォーラムにおいても、かご、ざるは幾度も取り上げられる手仕事です。
現代において手仕事をどうつないでいくか。兼業という具体的なお話が今回は出てきます。
近くであればぜひ講習を受けてみたいと思いました。

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朝日新聞 愛媛版 
連載期間:平成30年4月〜平成31年3月の毎月第3木曜日
記事:手仕事さんぽ

藤岡葵
| 管理人 | お知らせ | 07:15 | - | - |
色の神秘

先日の伊賀スタディツアーで、藍染め体験をさせていただき、「染める」ということにとても興味が湧きました。

翌日の昼食時の話題でも「藍染めの起源はどこなのか?」など、染めについての話が出ました。

大橋先生のお話によると、やはり、他の大半の技術と一緒に中国から入ってきたのではないか、とのことでした。

世界各国の古代の遺跡からも色鮮やかな衣装を身に纏った壁画などが発見されています。

美しい色の布、というもので、人々は愛情を表したり、権力を現わしたりしていて、「染める」という技術がいかに貴重で、熱意を注いできたかということがわかります。

藍色を作るには、タデ藍を発酵させます。

一見、染めることとは関係がないように思える発酵させるという行為、それにより、美しい藍色が生まれるということが、いつどうやって発見されたのか、偶然の産物だったのか、計算の上であったのか、とても不思議です。

大井川葛布さんに伺って、繊維を取るには、葛を発酵させて、表皮を取り除く、ということを伺った時も、誰が、いつどうやって発見したのだろうと、思いました。

この発酵させた藍が生まれる前、人々は露草を布に擦り付けて布を青くしたりしたそうです。

残念ながらすぐに退色・変色するとか。何となく想像が付きます。

赤や黄色に染める技術は、早くに生まれたようですが、藍色はもっと後で、藍色が生まれてからも緑に染める技術はなく、黄色と藍色をかけることで緑を生み出していたそうです。

黄色に染めてから、青く染める、または黄色と青色の糸で織る、などです。

緑というのは、植物を見ると、あるいは古代でしたら目にする自然の色の中で、最も多く目にする色だと思いますが、それを布に移す技術はなかったというのは不思議です。

「不思議ですね」と口にすると、大橋先生から「緑というのは生きている色だから」というお言葉がありました。

地に生えているときの色が緑で、それは生きている証拠で、命の色なのですね。

とてもロマンチックで神秘的です。

それ以外にも、私たちの髪や目の色のように黒く染めるには、何度も色を重ねる必要があって難しかったり、逆に元の布以上に、雲のように白く染めるのは難しかったり、自然に目にする色を生み出すのは、とても難しいことだったのだと感じます。

色、神秘の世界です。

まだまだ興味が湧きます。

 

紺喜染織さんにて、同じ藍色でも濃淡によりこんなに違いが

| 瀬部和美 | いろいろ | 21:16 | - | - |
「民藝の器を選ぶ楽しみ、使う楽しみ」渋谷で開催中
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http://oyamadai-teshigoto.com/archives/7347

尾山台・手仕事のフェアが、おしゃれな町“奥渋谷”の「SPBS」という書店で開催中です。
“出版する本屋”「SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERS(SPBS)」の、
洗練された本に囲まれて手仕事のうつわが並んでいます。

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会期:6/15(金)〜7/5(木)
場所:「SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERS(SPBS)」
東京都渋谷区神山町17-3 テラス神山1F
渋谷駅から徒歩15分ほど
https://www.shibuyabooks.co.jp/

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奥原硝子の小さなピッチャー?を連れてきました。
これで女房とそれぞれのペースで冷酒を楽しむことができます。
星耕硝子の青いぐい呑は先日駒場から連れて帰りました。

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| 大橋正芳 | お知らせ | 09:39 | - | - |
伊賀の陶工
伊賀スタディツアーの報告です。

6/3に行平鍋でおなじみの「カネダイ陶器」におじゃましました。
夏を思わせつ空の下、坂道を登ると美しい水田を見下ろすように工房があり、
大矢正人さんとご家族が迎えてくださいました。

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工房の周りの青々とした山には、かつては木目の詰まった赤松があり、登り窯の上質な燃料でしたが、虫害で今はほとんどなくなったそうです。
登り窯を焚かなくなった大きな要因の1つだと、大矢さんが話します。
お話の後、さっそくロクロをひいて見せてくださるということで大矢さんがロクロ前に座ります・・・
ロクロが回り、土を手にした途端うつわの姿を見せはじめ、みるみる広がって形が土鍋の蓋なりました。

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あっという間です。
なんの躊躇もなく手が自然に働いて形ができあがります。同じ形をいくつも素早くつくり出す技。
熟達した技とは、こういうものなのだと感心します。ふと、「機械のような」という形容詞を思い出しました。
なんという言葉でしょう。人は機械ではありませんからね。
しかしこれは褒め言葉でした。“機械のように正確で早い”仕事に敬意を込めて使われました。
この言い方は、単純に規則的同一性とスピードのもたらす生産性に価値があった時代を反映していますが、今は聞かなくなりました。
大矢さんのような名工は、“同じ形をいくつも素早くつくり出す”ことができます。それが無駄のない美しいうつわをつくります。

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工房に積み上げられた型は、手仕事の延長として“機械のような”仕事を支えています。
しかし、人の手から生まれるうつわは、1つとして同じ形をしていません。
そこに人の心に響く“なにか”がある。だから手仕事は美しい・・・​型や機械が生み出すものに囲まれてきた人々が、「機械のような」という形容詞を使わなくなりました。
今後、機械が「人のような」と形容される時代がくる・・・のかな?

穏やかな言葉でご自身の仕事を解説しながらも、正確に、スピーディーに、当たり前にろくろを引く大矢さんの姿を前に、そんなことを考えていました。

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大矢さん、ありがとうございます。



 
| 大橋正芳 | 報告 | 23:03 | - | - |
私の藍染め体験

先日、参加させていただいた伊賀スタディツアーでの藍染め体験。

既に、武藤さん・山田さんから素敵な報告がされています。

私からも、体験を通じて考えたことを少し書かせていただきます。

 

さて参加前。

「藍染め体験可能、染めたいものがある人は持ち込みもできる」という募集文書を読んでも、「う〜ん、藍色にしたい白いものあるかなぁ?」と考えるも、その時は特に染めたいものが思い浮かびませんでしたが、「何でも経験してみよう」が信条の私、紺喜染織さんで用意してくださるハンカチで体験させていただくことにしました。

始める前に、割りばしと輪ゴムを使って、染まらない部分を作り、模様にする準備をします。

本を見せていただくと、「染まらない部分を作ること」で、こんなにたくさんの模様ができるのかと驚きます。

 

見せていただいた模様の作り方の本

 

いよいよ染めに入ります。まず、藍の入った甕の前に座って、人生で初めて感じたのが藍染めの匂いです。

「タデ藍を発酵させて作る」と知識だけはあったものの、「本当に植物を発酵させてこの色を作るのだ!」と実感・感心しました。

そして、自分の思う藍の濃さに染めるために、いくつの甕で染めるかを決めます。

私は、思い切り濃い藍色のものを作りたかったので、5つの甕で染めさせていただくことにしました。

ハンカチの端に糸で和を作り、それを手首に引っ掛けて、藍甕の中に落っことさないようにします。(過去になんと子どもさんが落ちてしまって大変だったことがあるとか!)

浸して、20数えて、引き上げてハンカチをおにぎりのようにギュッと絞って、広げて空気に当てる、の作業を繰り返し、次々と色の濃い藍甕へ移ります。

最後、5つ目の甕で完成です。

 

染めている途中

 

その後、井戸水を入れたたらいですすぎます。

その時に、もっと色が落ちるのかと思っていましたが、「水分として布が蓄えている藍色の水が流れていく」という感じで、布はしっかりと染まっていて、薄くはならないのです。

「えー!染めるって不思議!面白い!」と叫んでしまいました。

ハンカチを干していると、メンバーの皆さんの染めたシャツやジャケット、Tシャツが出来上がってきます。

模様があるものもないものも、グラデーションになっているものも、一色のものも、どれも素敵です。

 

私の染めたハンカチ

 

そうして参加後。

いま思えば、白いことがもう若すぎて最近あまり着なくなったレースのスカートやら、ブラウスやら、食卓のテーブルクロスやら、「染めたかったもの」が大量に思い浮かびます。

白いTシャツを買って行って、自分好みの藍色に染めるのも素敵です。

あぁ!なぜ現代には紺屋さんはあちこちにないのか!残念でなりません。

教訓。藍染め体験をする時には、染めたいものをしっかりと考えましょう。

藍色って本当に素敵な色ですから!

植西さん、素敵な体験をありがとうございました!

また、ぜひお伺いさせてください。

| 瀬部和美 | 報告 | 07:42 | - | - |
種子鋏

私にとって種子島といえば…

興味はあるものの果たしてこの先行く機会があるだろうかと考えれば

とても可能性が低い場所の一つです(すみません…)。

 

しかしそれでは話が続かないので、一本の鋏が種子島へのロマンを

かき立ててくれるということにします。

以下の写真は鎌倉もやい工藝の普段使いの種子鋏です。

 

 

 

 

種子鋏は久野恵一さんの『民藝の教科書』5手仕事いろいろで紹介されています。

牧瀬義文氏と梅木さんが並んで写真に写っています。

 

ところで先日、図書館の雑誌架をブラウジングしていたところ『月間文化財』の

4月号が目につき、なにげなく目次を読むと、「西之表の種子鋏製作技術」「論田・

熊無の藤箕製作技術の現状と今後に向けて」「鴻巣の赤物施策技術」などなど、

なかなか面白そうです。

 

それで、今回は種子鋏について書こうと思い立ったというわけです。

ショックだったのは、唯一の完全手打ち種子鋏技術保持者の牧瀬義文氏が、

平成28年に急逝していたこと。

そのうえ、代わって梅木さんの技術指導にあたっていた実弟で幼少時から兄弟して

父親から鍛冶技術を伝授されていた牧瀬博文氏も平成29年に急逝していたことです。

 

梅木さんが技術指導を受けたのは実質5年だったそうですが、

梅木種子鋏製作所を立ち上げて日々研鑽しておられるそうです。

『民藝の教科書』に登場している作り手の中には、このように既にお亡くなりになったり

引退して後継者もいない仕事もありますが、種子鋏はかろうじてつながったようです。

 

いま再び『民藝の教科書』を読み直すと、この仕事はどうなったのだろうと

思う仕事もあります。

| 中村裕史 | 報告 | 09:02 | - | - |
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