手仕事フォーラムblog

手仕事フォーラムのメンバーが、日々発見した事や物をお届けします
あす!倉敷で!!
あす、倉敷で「全国フォーラム2018 in 倉敷」がはじまります。

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3日間に渡り、会員の皆様と巡る倉敷のさまざまな手仕事工房での学習会や、
会員以外の方も参加される公開フォーラムなど、様々なイベントが用意されています。
楽しみです、が、
取り急ぎ付け焼き刃のお勉強も・・・

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皆さん、よろしくお願いいたします。
| 大橋正芳 | いろいろ | 08:57 | - | - |
倉敷フォーラムまで2週間

倉敷フォーラムまであと2週間となりました。

会員の皆様には間も無く最終案内をお送りしますので、

どうぞお待ちください。

 

ポスターも出来ました!

 

公開フォーラムは一般公開となります。ご来場をお待ちしております。

なお、事前申し込みが必要です。詳細は事務局までお問い合わせください。

 

倉敷でお会いできるのを楽しみにしています!

 

| 久野民樹 | いろいろ | 22:44 | - | - |
出雲民藝館「多々納弘光の仕事」展

先日山陰地方を巡った折には、出雲民藝館を訪れました。

 

出雲民藝館は、この地域の庄屋であった山本家の米倉などが転用されたものです。

建物については、過去のブログに詳しく報告されていましたのでご参考まで。

http://blog.teshigoto.jp/?eid=864747

 

石州瓦が印象的な重厚なつくりの母屋。

 

出雲民藝館では、出西窯創立者の一人で、

昨年ご逝去された故・多々納弘光さんの追悼展が開催中です。

(画像は出雲民藝館ホームページより)

多々納弘光さんの遺された仕事が数多く展示されていました。

型物などを中心に、様々な形、多彩な技法の物が展示されており、

非常に見応えがあります。近くにいらした方は是非。

 

余談ですが、過去のブログを探して見ると、

手仕事フォーラムで多々納弘光さんのお宅に伺った時の写真がありました。

http://blog.teshigoto.jp/?eid=864739

ここに写っている物も展示されていました。

| 久野民樹 | いろいろ | 17:18 | - | - |
丹波・清水俊彦さんの工房へ

先日、丹波の清水俊彦さんの工房へお邪魔してきました。

丹波の「兵庫陶芸美術館」では、現在清水さんの師匠である

故・生田和孝さんをテーマとした企画展を開催しています。

http://www.mcart.jp/exhibition/e3005/

今回の丹波訪問の目的の一つでしたが、ちょうどタイミング悪く休館日。

 

清水さんの工房へお邪魔すると、

ちょうど鎬手(しのぎで)の皿の仕上げの最中でした。

手慣れた手つきでサッと仕上げていきます。熟練の技です。

清水さんに、生田さんの思い出話などを伺いました。

この「鎬手」、いまや丹波の多くの窯元が採り入れ、丹波定番の技法となりましたが、

もともとは生田さんが李朝の器を参考に採り入れたものです。

 

一番最初に鎬を採り入れた器はこれだったとか。

(今回の企画展でも展示されている物のようです)

「日本の手仕事をつなぐ旅」うつわ△任癲

生田さんと久野恵一の交流が記されており、非常に興味深いものです。

 

今回は残念ながら空振りに終わりましたが、

改めて展示を見に行こうと思います。

| 久野民樹 | いろいろ | 02:00 | - | - |
鳥取・若桜の旧市街

鳥取を訪れた折の帰り。

いつもであれば、鳥取から片側一車線でトンネル続きの鳥取道を一直線に南下し、

中国道に乗るところですが、今回は鳥取道が開通する前の主要道だったと思われる、

国道29号線・若桜街道を利用して兵庫県へ向かうことにしました。

 

鳥取から南下すると、八東川(はっとうがわ)にぶつかり、

山に囲まれつつもやや開けた川沿いを南東へ向かいます。

しばらくすると、鳥取県と兵庫県との県境に位置する若桜町に出ました。

 

ここは古くから交通の要衝だったようで、宿場町の雰囲気を色濃く残しています。

明治18年に大火があり、それまでの街並みはほぼ失われてしまったようですが、

その後に建てられた寺社や蔵は部分的ではありますが、良く残されていました。

 

旧街道沿い。山陰特有の赤瓦が印象的です。

庇が街道に向かって1mほどせり出しています。

これは「仮屋」と呼ばれ、以前は街道沿いの各家々がこのような庇を設けていたとのこと。

アーケードのような役割をしたとか。

 

裏の通りは「蔵通り」と名付けられ、細い路地に蔵が並んでいました。

写真を撮り忘れましたが、近隣の寺なども非常に立派で風情を感じるもの。

 

鳥取道が開通してからは交通量は相当減ったのではないかと思いますが、

車窓を流れる風景も楽しむことができ、良い遠回りとなりました。

| 久野民樹 | いろいろ | 12:48 | - | - |
“西条栄光教会”の保存・再生プロジェクト

シルタ36号が届きました。
今回は9月の全国フォーラムを前に倉敷の特集となっています。
倉敷は、民芸運動や町並みから見ても大原家と深いかかわりがあります。
特に古いものと新しいものが調和し共存する倉敷の町並みは、大原總一郎と建築家 浦辺鎮太郎の努力と情熱によって支えられてきたと言えるほどです。

その大原總一郎をはじめ、倉敷の民芸同人が設計にかかわった建築が愛媛県西条市にもあります。
愛媛民藝館はもちろんですが、西条栄光教会の3つの建物もその一つです。
現在、文化的価値の高い近代モダニズム建築として地域の若手建築家有志を中心に保存・再生プロジェクトが進んでいて、その活動が新聞にも紹介さされました。

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西条栄光教会は1951年に設立され、礼拝堂、牧師館、幼稚園舎の3棟から成ります。
西条市に工場のある倉敷レイヨン(現クラレ)の社長だった大原總一郎の支援を受け、市内堀の内に建設されました。
設計は同社の社員であった倉敷出身の建築家 浦辺鎮太郎です。
礼拝堂と牧師館の設計には、外村吉之介からも意見を仰いだとされています。

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お堀から望む礼拝堂(手前白壁の建物)

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礼拝堂正面
 
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鐘楼を望む

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礼拝堂内部

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中庭から望む幼稚園舎

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幼稚園舎正面

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和風の佇まいの牧師館
 
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白壁に小窓という倉屋敷を思わせる牧師館の姿

竣工から67年経った木造の古い建物ですが、3棟すべてが現役で使われています。
同じ堀の内に建つ愛媛民藝館は厚くどっしりとした江戸時代の倉屋敷を思わせますが、こちらは日本瓦の切り妻屋根と白い壁で3棟が統一され、簡素な美を持つピュアな姿です。
倉敷の町並みと同様、堀の内に建つ建築として周りの景観にも配慮されています。

浦辺鎮太郎が世に知られることになったのは1951年よりあとのことで、浦部は倉敷国際ホテルの設計で1964年に日本建築学会賞を受賞しました。
浦辺建築の特徴として、土蔵造り、張り瓦、日本家屋を彷彿させるようなコンクリートの庇などがあり、いわゆる日本趣味が盛り込まれています。
そのことを考えると、栄光教会の3棟の中でも、牧師館は後の浦辺の趣向が強く表れているように感じます。
そういうわけで、西条栄光教会は駆け出しの浦辺を知る作品として貴重な建築であります。

戦後物資が不足するなかでの念願の教会設立。その建材には立派で華美なものはなく、最小限の材料を使ったり、近くの川で採取した敷石などを使ったり、創意工夫によって豊かな空間が作りあげられています。“ヒューマンタッチとヒューマンスケール”を建築の本質にしていた浦辺の細やかな心遣いが感じられます。
近隣で採取できるものを材料とし、無駄がなく、その土着した姿は、真面目でいばらない民芸の精神に重なるものを感じます。
毎日を過ごすその建物は、使い続けられることで親しみが生まれ、美しさに磨きがかかるのでしょう。

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礼拝堂玄関に敷かれた青石。近くの川で採取されたものと言われている。

なお、『Casa BRUTUS』2018年8月号の68ページにも西条栄光教会が掲載されています。
(藤岡 葵)

| 管理人 | いろいろ | 10:59 | - | - |
型染めうちわ

「涼夏の会」(ギャラリーたくみ・鳥取たくみ工芸店内)の催しがあり、、陶磁器・ガラス・染織などが出品でした。
猛暑の中、涼を感じさせる美しい品々に魅入ってしまいました。

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中でも、「型染めうちわ」にひと際心奪われました。

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手元でゆるやかに扇ぐ風を感じてみたくなり手に取り扇ぐと、その風に炎暑の夏を凌いできた人々の暮らしの工夫が感じられて、思わず「双漁」という金魚の絵のうちわを求めました。

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この猛暑をこの風で凌ぎたいと思います。

| 衣笠告也 | いろいろ | 08:57 | - | - |
石見焼嶋田窯の登り窯

島根県西部、石見地方を回った折、

石見焼の窯元・嶋田窯に立ち寄りました。

 

連日猛暑の日本列島。ここ石見も例外ではなく、気温は35度。

おまけに晴天に恵まれ、日差しも強く、体感温度はもっと高く感じます。

この灼熱の中、ちょうど窯焼き中でした。

元々は、半胴(はんど)と呼ばれる甕などの大物を焼くための窯で、

大きな窯室を13室備えた、巨大な登り窯でした。

今では大物を焼くことは殆どなくなり、小さな食器などが中心です。

 

嶋田窯では、需要の移り変わりに対応するため、

窯を小さく改修し、規模を縮小させて登り窯を維持したそうです。

(大きな窯で小さな物を焼くのは効率が悪いため)

現在、石見焼の窯元の中で登り窯で焼くのは、この嶋田窯だけと思います。

 

 

火口に薪を投げ入れる嶋田さん。

成功を祈りつつ、「水分摂ってくださいね」と声をかけて窯を後にしました。

 

 

 

| 久野民樹 | いろいろ | 00:12 | - | - |
縄文と民芸

東京国立博物館で開催中の特別展「縄文 1万年の美の鼓動」・・・副題は、「ニッポンの、美の原点。」

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火焔土器はじめさまざまな時代や地域の土器、土偶が会場を埋め尽くしています。当然です。
岡本太郎が縄文を絶賛したのは知られていて、太陽の塔のモチーフと思われる土偶もあり、小さいのですがなぜかハッとします。
1つ1つゆっくり見たら2、3日はかかるでしょう。興味のあるものだけを大急ぎで見ても2時間たっぷり。

さて、出口近くに「作家たちに愛された岩偶と土偶」という一画があり、
あ、知ってる、この土偶・・・柳宗悦旧蔵の小さな、土偶ではなく岩の偶像、岩偶。
並んで芹沢げ雉貘△療擽と濱田庄司旧蔵の土偶が展示されています。

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左上が柳の岩偶、下が芹沢の遮光器土偶で右が濱田の遮光器土偶。
会場は撮影禁止ですので、下手くそなスケッチで失礼・・・あ、パンフレットに柳の岩偶がありました。

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芹沢は、長男の芹沢長介が考古学者でしたので縄文の土偶などを手にすることができました。
その1つを柳に見せたのでしょう、柳は、この岩偶と日本民藝館の収蔵品全てを交換しても良い、と言った、そう語られています。
が、じっさいにはお召し上げになったのでしょう・・・今は日本民藝館蔵となっています。

岩偶も土偶も私たちが知っている民芸とは違う世界のものですが、民芸の同人たちは、民芸に通底する造形美を縄文に見たのでしょう。
中でも柳は、岩偶に粘土でつくる土偶にはない力強さを見て取り、それまでに集めた民芸の品々を超えた美の根源、とでもいうものを感じたのではないでしょうか。

そうか、展覧会の副題「ニッポンの、美の原点。」は、じつはこれを示していたのかも・・・違うかな?
そして私たちが手仕事の美しさを見つけるための美の標準器は、じつじはこの岩偶・・・違うかな?
それにしても、高さ16cmの岩偶1点=収蔵品1万数千点・・・という等式は、なかなか理解できません。

ところで、今回の展示品の中で特に印象に残ったものの1つが“土瓶”です。
茨城県椎塚貝塚出土、縄文時代後期の「注口土器」。

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黒々とした土の色が赤みを帯びた他の多くの土器や土偶と違い目を引きます。
そしてその形は、高さ20cm強、球形に近い張りのある胴体で、蓋こそないものの持ち手も一体につくられた、注ぎ口もしっかりとしています。
まさに土瓶。
私は初めて見ました。スケッチでは伝わらない・・・実物をみたら何かを感じますよ、たぶん。
縄文、おそるべし。

| 大橋正芳 | いろいろ | 23:24 | - | - |
倉敷フォーラムまであと2ヶ月

先日の豪雨でもたらされた各地の被害は、非常に胸が痛みます。

被災された皆様にお見舞い申し上げます。

 

私たちとつながりの深い作り手の皆さんには幸い無事なようです。

次回の全国フォーラムの開催地である倉敷も、

中心部では大きな被害はなかった模様です。

 

 

SILTAが出来上がり、間も無く会員の皆様に発送される予定です。

今回のSILTAは倉敷フォーラムにちなみ、倉敷特集となりました。

全国フォーラムの申込要項も同封されます。

どうぞお見逃しのないようお願いします。

 

| 久野民樹 | いろいろ | 00:41 | - | - |
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